J・ピーターソン「宗教抜きの倫理・道徳はない」

今最も注目されている心理学者といえば、カナダのトロント大学心理学教授ジョーダン・ピーターソン氏(Jordan Peterson 55)かもしれない。英紙ガーディアンは最近同教授とインタビューしていた。

▲ジョーダン・ピーターソン教授(ウィキぺディアから、Adam Jacobs氏撮影)

▲ジョーダン・ピーターソン教授(ウィキぺディアから、Adam Jacobs氏撮影)

当方は教授の講話や大学での講義を動画サイトでみる程度で、教授の著書「Maps of Meaning」を直接読んだことはないので、教授の思想を体系的に説明できないが、教授の講義内容は非常に斬新で好奇心をくすぐる。以下、当方が関心を引いた教授の発言を少し拾ってみた。

教授は宗教に関心を有している。特定の宗教授業に代わって道徳、倫理を教える学校が増えているが、「宗教を抜いた倫理、道徳は意味がない」と強調する。宗教や神話という枠組みを排除した倫理、道徳はそれを支える土台がないので空中に浮いているような状況だという。

教授の発言を当方流に解釈するとすれば、倫理や道徳にドラマがなければ、その効用は少ないというのだ。アダムとエバから始まる聖書の世界やギリシャ神話のドラマが倫理・道徳を教える上で不可欠だというわけだ。
教授によれば、世界は物体からでも観念からでも造られているのではなく、「信じること」から始まった。だから、教授は信仰と神話システム構造について心理学的側面を研究しているわけだ。

教授の名を有名にした契機は、ジェンダー問題だ。欧米大学内でジェンダー論争は大きな影響を与えている。例えば、米国には男性と女性のジェンダーではなく、さまざまなジェンダーに関する表現、アイデンティティーが存在する。だから、相手を呼ぶ時、注意が必要となる。
カナダで「ジェンダーの表現、そのアイデンティティーの保護はカナダの人権の基本的権利」と明記した「An Act to amend the Canadian Human Rights Act and the Criminal Code」 (Bill C-16, 2016)と呼ばれた法案が昨年、施行されたが、ピーターソン教授は反対の立場を表明し、注目された。

「最近は複数で相手を呼ぶ傾向が出てきた」という。どのジェンダーか分からないからだ。間違ったジェンダー表現で話しかけたら反発されてしまう。だから、問題を回避するために複数で呼ぶ。

教授はジェンダー表現とそのアイデンティティーの保護を法的に明記することに危機感を感じている。「全体主義的な世界につながる危険性がある」とまで指摘している。

最近では、ポーランド国会が「ホロコースト法」を採決した。ユダヤ人強制収容所について「ポーランドの」といった呼び方をすれば刑罰を受ける(「ポーランドの『ホロコースト法案』」2018年2月2日参考)。この場合、「言論の自由」は制限される危険性が出てくる。一方、ジェンダー問題では特定の表現、アイデンティティーを強要する。教授は「前者より、後者の方がより危険だ」と主張する。砕けた表現をすれば、「言うな」と強要するより、「このように言え」と強要するほうがもっと危ないということだ。

ピーターソン教授の世界を理解することは容易ではないが、教授が語る表現の斬新さとその視点は魅力的だ。教授はロシアの文豪フョ―ドル・ドストエフスキー、独哲学者フリードリヒ・ニーチェ、スイス心理学者カール・グスタフ・ユングが好きだという。講義ではそれらの作品や言葉がよく引用される。ちなみに、教授は進化論を信じているという。ならば進化論と宗教・神話の世界の整合性はどのようになっているのだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年2月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。