国連の北支援計画が制裁の抜け道に

シリアのアサド政権は反政府武装勢力に対して再び化学兵器を使用したことが明らかになった。シリア政府軍は先月、東グータで化学兵器を使用、多数の子供たちや非武装の市民たちが窒息死したり、呼吸困難に陥った。そのシリアに北朝鮮は化学兵器製造に関連する機材や物質を密かに支援してきたというニュースを国連安全保障理事会で対北制裁決議の履行状況を監視する制裁委員会関係者が先月末、明らかにした。

シリアは米国とロシアの主導のもと、国内の全ての化学兵器を破棄したと表明したが、アサド政権は一部を密かに保管し、新たに製造していた疑いが出ている。

一方、マレーシアのクアラルンプール国際空港内で昨年2月、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の義兄、金正男氏が猛毒の神経剤「VX」で暗殺されたが、マレーシア警察は北が化学兵器禁止条約(CWC)で使用、生産、保有を禁止する「VX」を使用したことを確認している。

北朝鮮の化学工場の機材(2005年、UNIDOのMP担当官、化学者のヤン・ガヨフスキー氏撮影)

当コラム欄で数回、ウィ―ンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)が北の化学兵器製造に必要な機材や物質をモントリオール・プロジェクト(MP)を通じて支援してきた事実を指摘した。

韓国軍当局は、「北朝鮮がさまざまな種類の生物兵器を自家培養し、生産できる能力を備えており、2500~5000トンの化学兵器を貯蔵している」と推定している。ちなみに、化学兵器の保有量では、北朝鮮は米国、ロシアに次いで世界3位だ。

ところで、MPは加盟国の環境保全を推進し、汚染問題があれば、改善策を提示し、必要な機材、物質も支援するものだ。例えば、加盟国の化学工場を訪問し、毒性の強い残留性有機汚染物質(ダイオキシン類やDDTなど)の処理などについて助言する、といった仕事だ。

UNIDOMP担当の化学者ヤン・ガヨフスキー氏の話では、北には少なくとも5カ所、化学兵器を製造する施設がある。中国が恐れているのは両国国境近くにある北の化学工場だ。2008年11月と09年2月の2度、中国の国境都市、丹東市でサリン(神経ガス)が検出されたことがある。中国側の調査の結果、中朝国境近くにある北の新義州化学繊維複合体(工場)から放出された可能性が高いというのだ(「中朝国境都市にサリンの雨が降る」2013年5月31日参考)。

北朝鮮がUNIDOのMP(開始2003年、完了08年)を通じて化学兵器製造に必要な機材、物質をどのように入手したかを簡単に復習する。

北は4塩化炭素(CTC)がモントリオール議定書締結国の規制物質となっているため、その代替農薬生産のためUNIDOに支援を要請。それを受け、UNIDOは07年4月、CTCに代わる別の3種の殺虫剤を小規模生産できる関連機材購入のため入札を実施。受注したエジプトの化学製造会社『Star Specially Chemicals』が08年8月、有機リンとオキサゾール誘導体を製造できるリアクトルを北に輸出した。有機リンはサリン、タブン、ソマン、VX神経ガスと同一の化学グループに属する。北が入手した化学用反応器はカズサホス(Cadusafos)12トン、土壌殺菌剤ハイメキサゾール(Hymexazol)20トン、クロルピリホスメチル(Chlorpyrifos Methyl)16トンを年間製造できる能力を有していた。

ちなみに、国連関係者は当時、「UNIDOが提供した機材は対北安保理制裁リストには入っていない」という理由で、UNIDOの制裁違反を否定したが、ドイツの化学者ヤン・ガヨフスキー氏は、「詭弁に過ぎない。化学者ならば、UNIDOが提供した機材で北が神経ガスを製造できることは明確だ」と指摘している。

ところで、UNIDO(李勇事務局長、元中国財政部副部長)が北に新たなMP(2014年承認)を実施中というニュースが流れてきた。米国のオンライン・ニュースサイト、ブライトバート・ニュース・ネットワークが報じたところによると、オゾン層破壊の原因物質および温室効果ガスと見られている化合物、特に、水素を含むハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC)対策だ。例えば、HCFC-141bは金属、プリント基板、電子部品、精密機械部品、光学部品等の各種洗浄に利用できるが、オゾン層保護法によって規制されている。モントリオール議定書の規制に基づき、北は2018年までに14年比で15% HCFCsを減少させることを目標としている。ちなみに、プロジェクトIDは140351だ。総額は約80万ドルで、これまで約47万ドルが使用されたという。

北朝鮮でMPを実施してきた関係者は「北側に提供された機材や物質、資金がどのように実際使用されたかを監視するモニタリング体制が不可欠だ。なぜならば、多くはデュアルユース・アイテムだからだ。UNIDOは過去、化学兵器製造関連機材、物質を提供したことがある。対北MPに対して慎重な対応が必要だ。国連の対北支援計画が制裁の抜け道となる危険性がある」と警告を発している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年3月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。