ゲノム研究のガラパゴズ化

日本ではようやく限られた数の遺伝子パネルを用いた「ゲノム医療」が開始されようとしている。伝わってきた情報によると、1回当たり、50-100万円だそうだ。前回紹介した論文では、リッキドバイオプシーで61ヶ所を調べても500ドルを切ると書かれていた。こんな時代に、寝とぼけたような話だ。これでははっきり言って、「ガラパゴス島」よりも隔離された孤島状態だ。

下図はNIHから提供されている情報で、1,000,000塩基のシークエンスをするために必要なコストだ。2001年には約8000ドル(急に円高になったので、今日のレートで約840,000円)から、2017年には約0.01ドル=1セントを切るレベル(1円)となり、おおよそ百万分の1となっている。2007年から2010年にかけての3-4年間で、シークエンスコストは、一気に千分の一以下に下がっている。まさに革命的と言っていいような進歩が起こったのだ。ミレニアムゲノムプロジェクトが終了した2005年以降、日本ではゲノム研究不要論が広がり、ゲノム研究予算が大幅に減額された。ここで日本のゲノム研究のガラパゴズ化の引き金が引かれたのだ。いかに、日本の科学政策担当者に、将来に対する見識がなかったのか、明白であろう。

ただし、次世代シークエンサーで遺伝子を解析する場合、精度を高めるために、1分子について1回だけでなく、同じ部分の情報を30-100回解析をしなければならい。

全ゲノム約30億塩基対(細胞の中は、両親それぞれ1ゲノム分ずつの60億塩基対)を調べる場合、少なくとも30億塩基の30倍量程度(おおよそ900億塩基)のシークエンス情報が必要だ。900億は100万の90,000倍なので、シークエンスだけのコストは900ドル、約100,000円となる。エクソンはゲノムの約1.5%なので、単純に考えると1,500円となる。ただし、がん組織の全エキソンシークエンスをする時は少なくとも100倍量くらいのデータを得たほうがいいが、それでも5,000円となる。リキッドバイオプシーは、現在の技術では全エキソンを解析するのは難しく、限られた遺伝子に絞る必要があり、また、数千倍量の情報が必要なので、議論は別にする。

ただし、これらのコストには、機器類の購入やメインテナンスのコスト、試料からのDNAの精製、シークエンサーで解析するための前処理、人件費やその他の諸経費は含まれていないので、実際に100,000円で全ゲノム解析が出来るわけではない。たとえば、機器購入に1億円がかかり、これで5,000サンプルしか解析しなければ、器械に相当するコストは1サンプルあたり20,000円かかることになり、この費用のほうがかなりシークエンスコストを押し上げる。1台の器械で多く解析するほうが単価は低くなるし、試薬代もたくさん解析する方が値引率が高くなる。また、シークエンサーの運用も、一度に一定数の解析をすれば、上記のようなコストになるが、十分なサンプルが揃わなければ、その分だけコストが高くなる。日本では、シークエンサーが多くの大学に拡散しているので、運用も非効率だし、試薬代も高くついている。当然ながら、解析に必要なコンピューターを含めた情報解析コストや電気代も高額である。

資源を集中して効率化を図れば、解析コストは低くなり、より臨床応用可能なコストになるという、わかりきったことができないのは、研究者が論文発表によって研究費確保に汲々としており、臨床応用するための大きな設計図が描ききれていないからだと思う。全ゲノム解析、全エキソン解析は、国として設計図さえ描ければできることであるが、悲しいことに、研究者コミュニティーの利害が優先するために、国としてのビジョンが描けていないのが現状だ。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年3月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。