リキッドバイオプシーのがんスクリーニングへの応用はまだ時期尚早か?

2月中旬以降のシカゴは、比較的穏やかな日が続いている。最低気温もプラスで歩いての通勤が心地よい。しかし、時差ぼけが取れず、依然として午前3-4時に目が覚める日々だ。眠りにつくために、アルコールを飲むので、身体に悪いと知りながらも摂取量が増えている。シカゴの生活も、あと、4ヶ月弱となり、後片付けのこともあって結構忙しいのだが、経験したことのない時差ぼけに苦しむとは想像もしなかった。

さて、3月5日の「Journal of Clinical Oncology」誌に「Circulating Tumor DNA Analysis in Patients With Cancer: American Society of Clinical Oncology and College of American Pathologists Joint Review」という論文が公表された。米国臨床腫瘍学会と米国臨床病理医協会による血液を利用したリキッドバイオプシーに関する公式見解のようなものだ。

前々回に紹介したジョンスホプキンス大学のScience誌の論文と対照的に「再発のモニタリングや治療効果を見るのに有用だというエビデンスに乏しい」「がんのスクリーニングに利用できるというエビデンスはない」と否定的な結論が述べられていた。日本では、この論文を読んで、意を得たばかりと、リキッドバイオプシーなど無用の長物だと叫ぶ人がたくさん出てくるだろう。リキッドバイオプシーで検出された遺伝子変異が、腫瘍では見つからないことを否定的に捉えている場合もある。発想を換えれば、小さなバイオプシーや1ヶ所の腫瘍にしか存在しない遺伝子異常ではなく、リキッドバイオプシーは、全身に存在している腫瘍全体を反映しているからだと言うことができる。それはあれば、これはリキッドバイオプシーの長所となる。

最大の問題は、彼らの検索した論文が2017年3月30日までのもので、最近1年間の論文は含まれていない。これだけ技術の進歩が目覚しい分野で、直近1年間の論文が含まれていない状況で、この結論が今日の時点でも通用するかどうかは厳しいと思う。現に、著者たちは、最後に「Given the rapid pace of research, re-evaluation of the literature will shortly be required, along with the development of tools and guidance for clinical practice」(研究の進捗の早さに鑑み、論文の再評価と臨床応用の際の技術やガイダンスの作成をすぐにしなければならない)と述べている。前回紹介したDNAシークエンス技術でも、2007年―2010年にかけては、解析コストや速度は毎年1桁ずつ改善されている。1年前に難しかったことが、現時点でも難しいとは限らないのがこの分野だ。

リキッドバイオプシーのこの1年間の進歩は、このブログでも取り上げてきた。2005年-2010年の一塩基多型(SNP)を利用した全ゲノム解析でも、当初は杜撰な解析による、ひどくいい加減なデータが散見された。利用する技術の欠点・利点も知らず、何も考えずにおろそかに道具を利用するのは、教科書を読んだだけでロボット手術など誰でもできると考える愚か者と同じようなものだ。メスの使い方も知らない外科医が手術すれば、どんな結果が生ずるのか、考えるだけで恐ろしい。

 

日本では、権威ある人や雑誌が否定すれば、その尻馬に乗って批判的な言葉を並べ、結果として、日本の進歩の足を引っ張ってきた事例がたくさんある。しかし、私は、このような状況だからこそ、日本にも、リキッドバイオプシー分野で勝つチャンスが残されているのだと思う。何もすることなく、評論家であり続けることからは何も生まれない。失敗を恐れずにチャレンジしなければ、成果をあげることはありえないという単純な論理が通用しないのが日本の弱点だ。

そして、この論文の図の中で侵襲性の低いリキッドバイオプシーをまず試み、陰性であれば、保存してある手術材料や針を利用してがん試料を取って検査をする将来像が描かれている。調査日以降の論文に目を通せば当然のことであるが、現時点では時期尚早と言いながらも、将来はこのようになることを予測しているのだろう。当然ながら、検査方法の標準化は必須であり、この二つの学会がそれを推進していくものと考えられる。これに乗り遅れれば、日本は国際基準と名のついた、米国基準に従わざるを得なくなる。日本に残された時間はほとんどない。

つい先ほど、米国FDAが遺伝性乳がん・卵巣がん遺伝子(BRCA1/BRCA2)の特定の変異のdirect-to-consumer (DTC) テスト(23&Meという会社が実施)を承認したことを知った(FDAのNews Release—Press Announcements参照)。DTCテストとは、検査を受けたい人が、病院を通さずに、直接会社に試料を送り、検査を受ける方法だ。時代は変わった。日本はどうする???


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年3月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。