自民党からなぜリベラル勢力が消えたのか

2018年03月08日 22:00

夕刊フジに政治評論家・鈴木棟一氏が長年にわたって月曜日から金曜日まで連載している「風雲永田町」というコラムがある。取材した内容を鈴木氏が構成したものであることが多いが、まことに驚嘆すべきは、その正確さである。

携帯電話もインターネットもワープロも使わないし録音もされないのだが、ほとんど間違いというものがない。だからこそ安心して政治家も取材に応じる。

その連載の本日の内容は、私の『「立憲民主党」と「朝日新聞」という偽リベラル』(ワニブックス)からの紹介だ。

そのなかで、鈴木氏がもっとも興味を示されたのが、どうしてリベラルという呼びかたをされる政治勢力が、自民党の進歩派から左翼政党に移行したのかと言うことで、それについて本の内容と私のインタビューから再構成されている。

といってもコラムでは、字数が限られているので、私自身の考え方を少し紹介しておくことにしたい。

左翼の社会主義者や場合によっては共産主義者までがリベラルとかいう漫画チックな日本の政治だが、自分たちと相容れないはずのイデオロギーを看板にかけるほうも頭がどうかしているが、看板をやすやす盗まれた方にも責任がある。

こういう事態になったのには、自民党や民進党右派の人々が、政界のあるべき姿として「保守二党論」を唱えてきたことがある。それでは希望の党や自民党が中道やリベラルを排除しているように聞こえてしまう。

いまや「中道」を名乗るのも公明党だけになり、バリバリの左翼である立憲民主党や共産党、社民党に「リベラルの看板」を盗られているのである。私は「保守二党論」でなく、「保守・中道二党論」というべきだと思う。

本来、リベラルとはヨーロッパの政治用語で、「保守と社会主義の中道」で、かつ「市場経済重視」「非宗教的」「身分差別反対」を意味する。

リベラルという言葉の生まれたイギリスでいうと、自由党(現・自民党、かつてのホイッグ党)の路線で、アメリカでは少し違って、保守派は「小さな政府」や「キリスト教尊重」を、リベラルは「社会福祉」「人権重視」「環境保護」「宗教の平等」を主張し、おおむねそれぞれ共和党と民主党に一致している。

ただし、アメリカの民主党政権の政策が日本の自民党が採っている政策より左寄りになったことなど、現実としてないから、日本でいえば自民党の党内に収まる政策の違いの枠内での対立に過ぎない。

宏池会の始祖、池田勇人元首相(Wikipedia:編集部)

日本では、かつては、「市場経済重視」「対米協調」「戦後体制容認」といった路線をリベラルと呼んで、その代表は自民党「宏池会」(現・岸田派)だった。

しかし、1980年代のイギリスのサッチャー首相やアメリカのレーガン大統領の時代における新自由主義の台頭や、宏池会出身だった宮澤喜一政権崩壊後の与野党再編を踏まえた政治状況のなかで、自民党ではアメリカ共和党の保守主義にシンパシーを感じる人が大勢となった。

2014年に、リベラルの代表といわれてきた宏池会(旧池田・大平・宮沢派)の谷垣禎一法相が、衆院予算委員会で、憲法解釈変更による集団的自衛権の行使容認に関し、民主党の長妻昭元厚生労働相に「リベラルの谷垣氏はどう考えるか」と尋ねられ「私はリベラルだと思っていない。保守だ」と答えた事件がある。

この答弁には、彼らにシンパシーを感じてきた私も正直言ってがっかりした。自民党の人たちでリベラルを標榜する人がほとんどなくなったのである。

どうしてそうなったかの一つの理由が、先ほども指摘したように、ともすれば、保守反動と言う言葉があるように、保守という言葉のイメージは必ずしもよくなかった。だから、自民党のなかでリベラルを標榜する人も多かったのだが、サッチャーの成功以来、イメージが良くなったことだ。

しかし、もうひとつ、小選挙区制度の影響がある。中選挙区制の時代には、ひとつの選挙区に自民党でも2~3人の代議士がいて、そのなかの一人くらいはリベラルな路線のひとがいた。たとえば、日本会議とか神道政治連盟とか遺族会といったような保守色の強い団体は、複数の自民党のうち一人を推すことが多いので、ほかの議員はあえて、彼らの歓心を買う必要がなかったのだ。

ところが、小選挙区になると、すべての議員がすべての団体の支持を欲しくなる。そして、そういう保守系の団体は議員に保守色の強い思想や政策や行動を期待するし、それにこだわる。それに対して、リベラル系の人はそもそも党内での声は小さいし、参加していたとしてもリベラルな政治スローガンを掲げることにそんな執着するのでもない。

そして、予備選挙のようなものでも、選挙本番でも、思想的に右寄りの人が自民党内では行動力がある。それが、自民党内でリベラルを標榜する議員が少なくなった理由だと思う。

これと正反対の流れが野党ではあって、左寄りの人の発言力が強くなっている。ただ、笑ってしまうのは、そのばりばりの左翼の人が、彼らと全く相容れないはずの「リベラル」という看板をかけることだ。

ヨーロッパなどでは、ブレアとかマクロンについて、左翼を裏切ったという意味で、おまえは社会主義者でなく半分はリベラルではないかという悪口として、リベラルソーシャリズムという表現が使われているのである。

「立憲民主党」「朝日新聞」という名の偽リベラル
八幡 和郎
ワニブックス
2018-02-26
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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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