中国の憲法修正に関するもう一つの解釈⑤習近平は毛沢東の再来か?

2018年03月12日 06:00

新華社サイトより引用:編集部

憲法改正によって習近平政権の長期化が生まれるのではないことは、すでに説明したとおりである。党・軍を掌握した結果として、名目上の、法的な国家元首の肩書も引き続き担う道を選んだ。名分がかい離し、党と政の分離した事態を避ける意味合いがある。その分、法的な責任も明確化される。

独裁が強化されるという分析はその通りだと思うが、強権・独裁=悪と決めつけるのは、歴史的な背景や時代の状況を考慮しなければ即断できない。

多くの中国ウオッチャーがすっかり忘れていることがある。紅二代の輿望を担う習近平が、強権体制による長期政権を選択したのは、胡錦濤時代の深刻な反省に基づいているという点だ。

幹部養成の共産主義青年団(共青団)で権力の階段を一歩一歩進んだ胡錦濤は、企業で言えばサラリーマン社長だ。江沢民勢力に阻まれて権力基盤がぜい弱で、そのために格差是正の改革は置き去りにされ、「不作為の十年」との酷評を浴びた。軍を掌握できていない総書記の権限は弱く、当時、9人いた常務委員は、それぞれが自分の持ち場で好き勝手に振る舞った。

指導部内でのチェック機能がマヒし、公私混同の腐敗が深刻化した。特に、警察、司法、安全部門を統括する党中央政法委書記を兼ねた周永康元常務委員は、強大な権力を恣意的に用い、警察や司法への不満が高まった。周永康は薄熙来元重慶市党委書記、令計劃元中央弁公庁主任らとともに政権奪取のための謀略や暗殺までを計画し、党は内部分裂の危機的状況を迎えていた。尖閣諸島の領有権をめぐる対立を口実に、全国的で広がったいわゆる反日デモも、こうした権力内部の混乱が背景となっている。

党が迎えた危機的状況は、総書記のぜい弱な権力基盤、そして最高指導部の権力分散によって生じた。だとすれば、それを救う唯一の方策は、総書記への権力集中でしかない。権力集中は目的ではなく、手段として始まったことに留意しなければならない。

習近平は2016年10月の第18期中央委員会第6回全体会議(6中全会)で、「習近平同志を中核とする党中央」との呼称が公式に認定された。これは胡錦濤には与えられなかった総書記の地位で、江沢民時代の権威にまで復活したことを意味した。

憲法修正は、それをさらに超える、法的なよりどころを総書記に与えることになる。江沢民が胡錦濤に総書記と国家主席の席を譲った後も、2年間近く中央軍事委主席のポストに居座り、引退後も「重要事項は江沢民に相談する」との密約を結ばせ、法的裏付けのない、無責任な権力を持つ続けたことへの反省である。

習近平が権力欲のために政敵を排除して独裁化を進め、傍若無人に毛沢東と並ぶ権威を確立しようとしている――。しばしばメディアで目にするこうした見解は、現場の状況を踏まえない、特定の政治的立場、価値観の表明でしかなく、政治の実態をとらえていない。時代背景や国際環境の違いを無視した、ステレオタイプに過ぎない。安易な二分論を持ち出し、人の耳に入りやすい言葉で大衆に迎合しているだけで、時代に対する責任感を欠いている。

胡錦濤時代、さんざん指導者の不甲斐なさを嘆いた人々が、強力な習近平政権が誕生すると、手のひらを返したように権力集中を批判しているのは、私には奇異に思える。習近平氏は、「主席」であり続けた毛沢東の再来なのか。私にはどうもまったく別の姿しか見えてこない。

(続)


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2018年3月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。

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加藤 隆則
汕頭大学新聞学院教授、元読売新聞中国総局長

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