北朝鮮とデュアル・ユース品目

長谷川 良

米朝首脳会談の開催地候補にウィーンの名前がなかったからいうのではないが、有力な開催地として名前を挙げられているスイスの工業製品が2012年に発射された北朝鮮のロケット「銀河3号」に使用されていたことが明らかになった。スイス企業が北のロケット開発の手助けをしていた、という不都合な事実は、歴史的な米朝首脳会談の開催に意欲を示すスイス外務省の誘致活動に暗雲を投げかけている。

▲スイス軍が派遣されている南北間の「軍事停戦委員会本会場」(スイス・インフォから)

▲スイス軍が派遣されている南北間の「軍事停戦委員会本会場」(スイス・インフォから)

スイス・インフォによると、北のロケットにスイス製ばかりか、米国や韓国を含む13カ国の製品が使用されていたというから、スイスだけを批判はできない。ちなみに、使用されていた製品はロケットのコンバーター(変換器)だ。交流電流を直流電流に変換する装置だ。国連安全保障理事会の調査で判明した。
それだけではない。2013年10月と2014年3月に、韓国で墜落した北朝鮮製とされるドローン2機にもスイス製のGPS受信機が取り付けられていた。

スイス企業を弁護するつもりはないが、北が入手したスイス製工業製品は直接ではなく、他国の輸入業者などを経由して北に渡ったものだ。恣意的に密輸されたケースではない。その上、多くの先端工業製品はデュアルユース品目だ。最終利用者がその製品をどのように使うかで、軍事目的にも非軍事目的にも利用できる。

上記のケースの場合、コンバーターやGPS受信機は本来、非軍事目的で利用されている製品だ。問題は、その製品は軍事目的にも使用できる点にある。そして北はその工業製品を核開発や弾道ミサイルの開発に利用した。デュアル・ユース・アイテムの輸出入規制がそれゆえに必要となるわけだ。

ここまで書いてきて、ふと手が止まった。工業製品がデュアル・ユース・アイテムというより、それを使用する人間こそ多重目的を志向する存在ではないか、という思いが湧いてきた。とすれば、責任は工業製品にあるのではなく、それを使用する人間側にあると言わざるを得ない。

北の場合、核兵器や大量破壊兵器を製造しようとする独裁者の狙いが“先ず”あった。コンバーターやGPS受信機は独裁者の目的を実現するために使用されただけだ。後者が問題視されることが多いが、本来は前者こそ追及されなければならない点だろう。

ここで少し、神学的な領域に入る。神が人間を創造したとすれば、その人間をデュアル・ユースのような存在に創造するだろうか。神の教えに従う一方、それに反する方向にも行く存在として人間が創造されたとすれば、人類の歴史で紛争や対立、戦争が絶えず続いてきたとしても不思議なことではない。むしろ当然の結果だ。

そもそも矛盾する方向性(創造と破壊)を内包したアイテムを製造することはできないから、人間は明確な目的を持っていたが、何らかの不祥事の結果、デュアル・ユースの存在となってしまった、と考える方が理にかなっている。「人間は本来、神の理想に生きるように創造されたが、神から離れ、堕ちてしまった」と主張するキリスト教の教えにも通じる。奇妙な点だが、「堕ちた」という忌むべき内容(失楽園)が人間(信者)に「本源に戻れる」という希望を与えていることだ。

話は戻る。コンバーターやGPS受信機は人間の幸福のために開発されたものだ。繰り返すが、責任は、その時代的恵みを軍事目的のために悪用する北朝鮮の独裁者にあることは明確だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年3月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。