世界的神学者キュング氏90歳に

ペテロの後継者、ローマ・カトリック教会最高指導者ローマ法王の「不可謬説」を否定したためバチカン法王庁から聖職を剥奪された世界的神学者ハンス・キュング氏は19日で90歳(卒寿)を迎えた。最近は健康状況が良くないこともあって、誕生日は家族や知人たちと身内で祝い、4月21、22日、公けの場で「90歳祝賀会」やシンポジウムをチュービンゲンで開催する予定という。

▲インタビューに応えるハンス・キュング氏(2000年12月、ウィ―ンのホテルにて、撮影)

▲インタビューに応えるハンス・キュング氏(2000年12月、ウィ―ンのホテルにて、撮影)

キュング教授は1928年、スイスのルツェルツン州で生まれ。神父。ローマのグレゴリアン大学で学び、ソルボン、パリ、ベルリン、ロンドンなどで勉学し、60年からチュービンゲン大学基礎神学教授に就任。「法王の不可謬説」を否定したたため、79年、当時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世から聖職を剥奪された。その後、宗教の統一を目指して「世界のエトス」を提唱。5年前に「世界のエトス財団」の総裁をエバーハルト・シュティルツ氏に譲るまで世界の宗教界に大きな影響を与えてきた。1996年に退職するまでチュービンゲン大学神学教授を務めた。

キュング氏は「私はこれまで異なる宗教、世界観の統一を主張して『世界のエトス』を提唱してきた。宗教、世界観が異なっていたとしても人間の統一は可能と主張してきた。キリスト教、イスラム教、儒教、仏教などすべての宗教に含まれている共通の倫理をスタンダード化して、その統一を成し遂げる」と説明し、「宗教間の平和・統合がない限り、世界の平和もあり得ない」と確信している。

ちなみに、ドイツ人法王べネディクト16世は2005年9月、法王の別荘カステル・ガンドルフォにキュング氏を招き、会談したことがある。会談内容は公表されなかったが、キュング氏の名誉回復が近いのではないか、といった憶測が流れた。

教授が聖職を剥奪された直接原因の「法王の不可謬説」や「法王の絶対性」のドグマ否定はもはや大きな障害ではなくなった。実例を挙げる。べネディクト16世はオーストリア教会リンツ教区のワーグナー神父を補佐司教に任命したが、教区内の反対を受け、任命を取り下げている。「法王の任命権の絶対性」を法王自身が否定した例だ。また、その後継者フランシスコ法王も再婚者・離婚者への聖体拝領の決定権を現場の司教たちに与えている。彼らの方が信者の事情がよく分かるからだ。フランシスコ法王時代に入って、ローマ法王の絶対性はもはや空論に過ぎなくなった。

キュング教授が新著『7人の法王たち』の中で、ローマ法王フランシスコに対し、「フランシスコ法王が実際、教会の改革を実施するのならば、司教や神父たちは法王を支えるべきだ。改革は一人では難しい。それを支える多くの人々が必要だ。歴代のローマ法王は語るだけだったが、フランシスコ法王はスキャンダルの中にあったIOR(バチカンの資金 運営をつかさどる組織、宗教事業協会)を改革し、教会内の雰囲気も明るくしている」と評価している。
キュング氏は教鞭資格を失った後も「自分は忠実なカトリック神学者だ」と主張し、「神は存在するか」「世界のエトス」など多数の著書を発表し、30カ国以上に翻訳された。

当方は2000年12月、ウィ―ン訪問中のキュンク氏と一度だけ会見したことがある。確か、国連主導の「文明間の対話」というプロジェクトでキュング氏はその指導的な役割を果たしていた時だ。以下、同氏との会見の中のコメントを少し紹介する。

「私が主張する新しいパラダイムとは、対立から協調の世界であり、強国が弱小国家を制圧する世界に代わって公平と平等に基づく世界だ」

「世界の宗教者が一堂に結集して現代社会が直面している問題を協議することは国連を刷新する意味でも有益だ」

「共通倫理は誰が決めるのではなく、我々の中に既に刻印されている。嘘をついてはならない、人を殺してはならない、といったモーセの十戒のような内容だ。これは聖書だけではなく、コーランの中にも明記されている。インド、中国の経典にも見出せるものだ」


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年3月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。