星野仙一が阪神タイガースへ残した遺産 --- 奥村 シンゴ

2018年03月20日 11:30

星野仙一記念館より:編集部

星野仙一氏のお別れの会 山本浩二氏「友で良かった。ありがとう」(サンケイスポーツ)

中日、阪神、楽天、で監督を務めた星野仙一氏のお別れ会が19日東京都内のホテルで開かれたそうだ。
会場には親友の元広島監督の山本浩二氏や元ダイエー現ソフトバンク田淵幸一氏をはじめ、楽天の三木谷浩史会長兼オーナー、 ソフトバンクの王貞治球団会長、阪神監督の金本知憲氏、楽天監督の梨田昌孝氏、元巨人監督の原辰徳氏など1500人が集まり別れを惜しんだ。

そこで、阪神ファン歴26年目の私は星野が阪神へ起こした革命や残した遺産を紹介したいと思う。

私は関西生まれで試合開始から試合終了まで放送し、一球も逃さないことでおなじみのサンテレビボックス席が映る地域に住んでいたので、自然と小学生の頃から阪神ファンになっていた。

さらに、甲子園から近い地域に住んでいたので、いつしか球場でよく観戦するようになった。
今は仕事や介護で年数試合を観戦する程度だが、1990年代から2000年代前半の学生時代の頃は毎年30試合近く観戦していた。

その頃の阪神は1992年に亀山・新庄フィーバーでヤクルトと優勝争いをし惜しくも2位に終わった以外は毎年Bクラス。

あの元ヤクルト監督の野村克也氏が監督でも浮上することはなく、選手や首脳陣にはメガホンやきついヤジが飛ばされることは日常茶飯事だった。

上位球団ですら監督がファンにあいさつするチームがある中、成績が低迷しているにもかかわらず、阪神の監督は最終試合でもファンに一言もあいさつすることはなかった。

しかし、星野だけは違った。
2002年に就任した最終試合、星野は革命を起こした。

星野はマウンドまで行き
タイガースファンのみなさん、永きに渡り、熱き応援、本当に感謝します。阪神らしい野球が出来なくて悔しい。来シーズンはこの悔しさをバネに、明日から出直します。悔し涙を嬉し涙に変えようと、選手と誓い合っています。タイガースファンの皆さん、ありがとう。最後までこのセレモニーにお付き合いいただいたドラゴンズファンの皆さん、ありがとう。明日から来シーズンが始まります。来年を楽しみにしていてください。ありがとうございました
と約3分も挨拶してくれたのだ。

球場は「星野」コールが鳴り止まず大歓声に包まれた。
私は球場にいてあいさつしてくれたことと、「明日から来年がはじまる、悔し涙を嬉し涙に変える」というフレーズと優勝宣言に号泣した。

そして、2003年現阪神監督の金本をはじめ今岡・赤星の1、2番に金本・桧山・アリアスのクリーンナップに現阪神二軍監督の矢野が正捕手、投手に井川・伊良部・ムーア・下柳らを擁し、2位中日に14.5ゲーム差をつけてぶっちぎりで見事18年ぶりに阪神を優勝に導いた。
ファンとの約束を実現してくれたのだ。

それから十数年経過し、金本が阪神の監督に就任した。
就任1年目は4位だったものの、昨年は2位に浮上した。

金本は昨年終わりに星野と同じくファンの前でマウンドでマイクをもち、
勝ちに対する執念、打席での執念、マウンド上での執念、守っているときの執念。それを前面に出して、来年優勝できるように戦っていきます
とあの時の星野と同じようなフレーズでファンに優勝宣言し大歓声が起きた。

星野が阪神タイガースにもたらした革命や遺産はしっかり受け継がれている。
3月28日に大阪で星野のお別れ会がある。
星野の最後の雄姿をしっかり見届けたいと思う。

奥村 シンゴ フリーライター
大学卒業後、大手上場一部企業で営業や顧客対応などの業務を経験し、32歳から家族の介護で離職。在宅介護と並行してフリーライターとして活動し、テレビ、介護、メディアのテーマを中心に各種ネットメディアに寄稿。テレビ・ネット番組や企業のリサーチ、マーケティングなども担当している。

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