3冊目の本を出します。…私は何を間違えたのか?タイトルは「贖罪」

2018年03月22日 06:00

こんにちは、都議会議員(北区選出)のおときた駿です。

4月5日(木)に、幻冬舎より3冊目の本を発売することになりました。タイトルは「贖罪(しょくざい)」です。

贖罪 偽りの小池都政で私が犯した過ち
(Amazon予約はこちらから)

帯には、何やら刺激的な言葉が並んでおりますが…(苦笑)。

一昨年に「ギャル男でもわかる政治の話」、昨年には「東京都の闇を暴く」、そして今年はこの3冊目を上梓できたのは、本当にありがたいことだと思っています。

「贖罪」とは、自らの行為によって罪や過失を償うことです。

後ほど掲載する「あとがき」にも記したように、この本を書くか書くまいか、出すか出さないかは、最後の最後まで迷いました。

しかしながら。

自らの判断の過ちを率直に認め、その過程で何があったのかをまとまった形で記すこと。

それによって関係各所の様々な誤解を解くことは、むしろ都政を前に進めるために必要な私の「贖罪」ではないかと思い至った次第です。

知事選前から小池百合子氏を支援・支持してきた私は、その過程で重大な政治判断のミスを犯しました。

とりわけ築地・豊洲市場移転問題では、現在まで続く混乱の責任は私にもあると、深く反省をしています。

豊洲移転という決断が先延ばしされる中で、どのような政略があったのか。

あの「百条委員会」には、どんな意味があったのか。

そして、石原慎太郎元知事の功罪は…。

すべて、いちから書き下ろしでまとめたものです。

ご批判はあると思います。また、いわゆる「旬」を過ぎてしまいましたし、内容として爆発的に売れるものではないでしょう。

ですが、都政を憂う多くの方々に、ぜひお手にとっていただければ幸いです。

贖罪 偽りの小池都政で私が犯した過ち
(こちらのリンクからAmazonで予約・購入いただけます。Kindle版あり)

前回出版の際は「まえがき」を事前公開しましたが、今回は魂を込めて書いた本書の「あとがき」部分を掲載しておきます。

それでは、また明日。

-あとがきにかえて-

本書を執筆することについては、最後の最後まで迷っていた。

「また小池批判を繰り返すのか」
「自分自身にも責任があるのに、何様だ」

文章が世に出れば、そんな厳しい意見が寄せられることは目に見えている。都政を混乱させた元凶の一人である私が本書を出すことが、はたして相応しいことなのかどうかも、判断がつかなかった。

それでも執筆を決断したのは、ここまで述べてきた通り私の「贖罪」をしっかりと果たすためと、何より、人々に政治を諦めて欲しくないという想いからである。

都知事選と都議選という2つの大きな選挙を通じ、多くの都民・有権者が新しい政治や改革に期待を寄せて、小池百合子氏や都民ファーストの会に票を投じた。

その希望はいまや失望に変わり、「やっぱり、政治は変わらないんだ」「期待をした自分たちがバカだった」という、諦めにも似た雰囲気が色濃く漂っている。

しかし、新しい政治や改革、ましてや期待をした人々が間違っていたなどということは決してない。

約束をした「情報公開」「都民ファースト」を実現しなかった政治家サイドにその原因があることは明白であり、そもそも今回のケースでは、「新しい政治」そのものが始まってすらいない。

いつの時代でも、長く続いた政権や政治体制は腐敗し、新しい政治・改革への期待が生まれ、大きな流れとなって変化が生じる。しかし、その変化によって生まれた新たな政権や政治体制も、時が経つにつれてしがらみに囚われ古いものとなり、また新たな改革が起こる。

政治史は、この繰り返しである。

だが今回、小池知事が旗を振った「東京大改革」においては、その新しい政治の一歩目すら踏み出されることはなかった。小池都政が瞬く間に、自らが否定していた「古い政治」に埋没していったことは、本書でお伝えしてきた通りだ。

だから、敗れたのは多くの人々が目指した新しい政治でも、改革そのものでもない。

むしろ、一部の政治家や行政機関によって閉ざされた政治の世界に、「情報公開」を期待したことは全面的に正しかった。間違っていたのは期待を裏切り、「偽りの都民ファースト」へと一直線に突き進んだ為政者たちだけなのだ。

それを許した私の過ちを改めて反省するとともに、この事実は何度でも強調しておきたい。

私は政治家になって以来、一貫して情報公開の重要性を訴え、自らも積極的な発信をすることでできる限り、政治の情報を有権者に伝える努力を重ねてきた。

アメリカ建国の父の一人であり、第四代大統領となったジェームズ・マディソンはこう述べている。

「民衆に情報を与えず、あるいは情報を得る手段を与えないでいる人民の政府などというものは、茶番劇の序幕か、悲劇の序幕に過ぎない」

民主主義という政体を取る社会では、言うまでもなく、その主権者は人民(有権者)である。その人民に充分な情報を与えないことは、民主主義そのものを否定することに等しい。

にもかかわらずわが国では、とりわけ都政においては、情報公開は極めて不充分な状態に置かれてきた。

小池知事が都知事選挙の際に用いたフレーズである「ブラックボックス」「いつ・どこで・誰が・何を決めているのかさっぱりわからない」というのは、実に的確に核心をついたものである。

情報公開が進むことで不正や非効率、あるいは悪しき慣習が暴かれ、政治における意思決定や行政事務が洗練されていく。これが民主主義の根底に貫かれた理念であり、私自身の政治信念でもある。

残念ながら今回、その志が実現されることはなかったが、多くの都民・有権者が「情報公開」を始めとする民主主義の理念に期待している事実が改めて可視化されたことは、政治にとって大きな意味を持つと言えよう。

政治を、社会を最後に動かしていくのは、主権者たる人民、有権者の一人ひとりである。

実際、人々の期待にそぐわないことが明らかとなった小池知事が率いる希望の党は、総選挙で惨敗を喫した裏を返せば、情報公開を旗印とする民主主義の理念を体現した、真に新しい政治勢力が誕生したとき、人々の期待に応える勝利と変化が必ずもたらされるはずだ。

人々が諦めない限り、志のある政治家は何度でも現れる。

もちろん私自身も、この大きな失敗を糧にしながら、人々に開かれた新たな政治を実現すべく、政治家としての道を歩き続ける所存である。

本書を執筆するにあたって、多くの人々に協力をいただいた。執筆を後押ししてくださった幻冬舎の見城徹社長がいなければ、本書が日の目を見ることはなかっただろう。厚く御礼を申し上げたい。

また、いついかなるときも私を支え、ときに厳しく叱咤激励をしてくださる支援者の皆さまと、小池知事との「決別」という最後の決断をする際に背中を押してくれた最愛の妻と家族に、この場を借りて心からの感謝を伝えさせていただきたい。

本当にありがとうございました。

この「贖罪」を始まりとして、新たな政治を創り上げていくことをお誓いして。

2018年3月
東京都議会議員 音喜多 駿


編集部より:この記事は東京都議会議員、おときた駿氏(北区選出、かがやけ Tokyo)のブログ2018年3月21日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はおときた駿ブログをご覧ください。

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おときた 駿
東京都議会議員(北区選出)

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