乳がん治療薬タモキシフェン処方に対するガイドライン

2018年03月30日 14:00

今日のASCO(米国臨床腫瘍学会)からのニュースに「CLINICAL PHARMACOLOGY & THERAPEUTICS」という雑誌に「Clinical Pharmacogenetics Implementation Consortium (CPIC) Guideline for CYP2D6 and Tamoxifen Therapy」という論文が公表されたとあった。以前にも触れたが(プレシジョン医療入門―2)、タモキシフェンという乳がんに対するホルモン療法の効果がCYP2D6という遺伝子の多型によって影響されるため(CYP2D6は酵素であり、遺伝子多型がこの酵素の量や働きに影響する)、遺伝子タイプによる使い分けガイドラインを示したものだ。

それにしても、ここに至るまでには長い歳月がかかったものだ。メイヨークリニック(Mayo Clinic、マヨクリニックと訳していた人がいたが、それは間違いだ)やわれわれは、CYP2D6の遺伝子タイプによってタモキシフェンを使い分けるべきだと主張していたが、別のグループはCYP2D6の遺伝子多型はタモキシフェンの効果に影響を及ぼさないというデータを出していたため、収拾がつかない状況だった。詳細はプレシジョン医療―2を読んで欲しい。

科学的な雑誌にはすべてが正しいデータを報告しているのではなく、悪意でない間違いや捏造などが混在している。ビッグデータの中に、「AがあるとBとなる」と「AとBは全く関係しない」というデータがあると、コンピューターは混乱する。そして、多くの場合、調べた患者数の多い方を信頼することになる。ビッグデータを扱う際の重要な課題のひとつがこれだ。タモキシフェンの場合、まさに、数の多い方が信頼度が高いという判断で、タモキシフェンの効果とCPYP2D6の関連性は否定されていた。しかし、数の多い方で致命的な欠陥が見つかり、すったもんだの末、ようやくこの論文にたどり着いたのである。患者さんの立場になれば、当然の結果だと思うが、多くの場合、患者さんの利益より、研究者の面子が優先される。

一般的に医学の世界では、特にがん治療の分野では、患者数の多いランダム化試験を絶対的に正しいと信ずる人が多い。これだけがんの多様性が科学的事実となっていても、この傾向は変わらない。しかし、単に統計学的な数字だけでなく、患者さんと正面を向いて向き合わないと、真実を見落としがちだ。タモキシフェンの場合、この薬剤は肝臓にあるCYP2D6という酵素でエンドキシフェンに作り変えられ、女性ホルモンの働きを抑え、乳がん細胞の増殖を止めることが知られている。科学的な思考ができれば、CYP2D6の働きが悪ければ、体内のエンドキシフェンの量が減り、薬は利きにくくなると判断できるはずである。

何も考えずに目の前にあるというだけの理由で研究手法を利用することは、使い方の知らない道具を使うのと同じで危険極まりない。先週の金曜日にNHKラジオに出演した時に、番組内でいい加減な腹腔鏡手術がニュースとして流れ、キャスターが批難していた。これなど使い方を知らない道具を、患者さんの危険を顧みずに用いる典型だ。医療は科学的であるべきだが、医療現場で人間愛がなくなれば、医療行為は空虚で機械的なものになってしまう。患者さんに対する尊厳の気持ちがあれば、無謀で危険な手術に挑まないはずだ。医学研究者も研究は単なる研究者の自己満足でないことは言わなくてもわかるはずだ。

話を元に戻すと、CYP2D6によって分解されるうつ病の薬剤をタモキシフェンと同時に服用すると、その薬剤がタモキシフェンと競合関係となるため、エンドキシフェンの産生が落ちることも知られている。腫瘍内科と精神科で連携が取れていないと、二つの薬が同時に処方されることになりかねない。薬剤の処方をデータベースで管理するシステムが確立されれば、簡単にチェックできるはずだが、できていない。常に自分が患者さんに対して最善の治療法を提供しているのか、自問自答することが重要だと思う。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年3月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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中村 祐輔
シカゴ大学医学部 内科教授、外科教授

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