中国の「人権問題」どうでもいいの?

オーストリアのアレキサンダー・バン・デア・ベレン大統領は7日から6日間の日程で中国を国賓訪問中だ。オーストリアからは約170人の経済界関係者を含む250人の使節団が随伴。その中には、セバスチャン・クルツ首相(8日合流)のほか、カリン・クナイスル外相、ノルベルト・ホーファー運輸相らクルツ政権から4閣僚たちが含まれている。今回の訪問使節団の規模は同国戦後、最大という。

▲訪中のバン・デア・ベレン大統領(大統領府公式サイトから)

▲訪中のバン・デア・ベレン大統領(大統領府公式サイトから)

バン・デア・ベレン大統領は8日、習近平国家主席ら中国首脳と会談する。訪問の主要目的は中国とオーストリア両国の関係強化、特に、経済関係の拡大が中心だ。国賓訪問中、約30の商談(総額15億ユーロ)の基本合意書が署名されるほか、両国の関係強化を明記した基本文書が締結される。

オーストリアにとって、中国はドイツ、イタリア、スイス、米国に次いで第5番目の貿易パートナーで、その貿易総額は昨年約122億ユーロ。ちなみに、オーストリアの約920社が中国国内に拠点を構えている。

中国は欧州連盟(EU)の加盟国オーストリアを習近平主席が提唱し、推進中の新しいシルクロード経済圏構想「一帯一路」(One Belt, One Road)に参加するように促す狙いがある。在オーストリアの Li Xiaosi中国大使によれば、同構想に既に80カ国を超える国が中国と協力協定を締結しているという。
ただし、プレッセ紙によると、オーストリアは同構想の協調協定に署名するかはEU本部ブリュッセルの決定に従う姿勢を崩していない。

エマニュエル・マクロン仏大統領は1月、テリーザ・メイ英首相は2月、中国を訪問したが、一帯一路に対しては批判的だ。同構想が不透明なだけではない。具体的には「中国はその覇権を欧州に伸ばし、世界制覇を目論んでいる」と警戒しているからだ。

例えば、ジグマ―ル・ガブリエル前独外相は2月17日、独南部バイエルン州のミュンヘンで開催された安全保障会議(MSC)で習主席が推進する一帯一路構想に言及し、「民主主義、自由の精神とは一致しない。中国はロシアと並び欧州の統合を崩そうと腐心し、欧州の個々の国の指導者を勧誘している。新シルクロードはマルコポーロの感傷的な思いではなく、中国の国益に奉仕する包括的なシステム開発に寄与するものだ。もはや、単なる経済的エリアの問題ではない」と主張し、警告を発したほどだ(「独外相、中国の『一帯一路』を批判」2018年3月4日参考)。

オーストリア日刊紙プレッセは4月6日の社説の中で「ハンガリーとギリシャの2カ国は中国のロビイストとなり、反中の意見を葬っている」と指摘しているほどだ。
ハンガリーは一帯一路に加盟した最初のEU加盟国だ。オルバン首相は、「中欧諸国は一帯一路の理想的な拠点だ」と評価している。ギリシャはハンガリーと同様、一帯一路に深く関与。ギリシャ政府は2016年4月、同国最大の湾岸都市ピレウスのコンテナ権益を中国の国営海運会社コスコ(中国遠洋運輸公司)に売却している、といった具合だ。

ハンガリーは2017年3月、北京で拘束された人権弁護士への虐待に抗議するEUの書簡に署名を拒否。同年6月には、ギリシャは国連人権理事会での中国の人権蹂躙を訴える共同表明をボイコットするなど、親中政策を実施してきた。また、メルケル独首相は昨年6月、欧州の先端技術関連企業への中国側の投資を警戒し、規制強化を明記した新しい投資規約を作成しようとした時も、ギリシャと同じように親中派のチェコが反対した。その結果、薄められた内容に終わった。

ちなみに、中国の「美的集団」は2016年、ドイツ・アウグスブルクで1898年に創設された産業用ロボットメーカー、クーカ社(Kuka)を買収して話題を呼んだ。
中国が推進する投資計画については、「利子は最高8・8%で、契約会社の89%は中国企業を請け負うように操作されている」と指摘する声が聞かれる。

EU19カ国が3月27日夜、英国で今月初めに起きた軍用神経剤による元ロシア情報員セルゲイ・スクリパリ氏(66)とその娘ユリアさん(33)の暗殺未遂事件をロシアの仕業と判断し、対抗措置として露外交官の追放を発表したが、オーストリアはロシア外交官の国外退去を差し控えるなど、EUの中でも、「中立主義」や「東西の架け橋」といった名目を掲げ、独自路線を歩む傾向が強まってきた。

バン・デア・ベレン大統領は訪中前、習主席に中国の人権問題も話したいと述べていたが、両首脳会談の内容はまだ報じられていない。

なお、プレッセ紙は「中国経済のゴールドラッシュの恵みを得ようと全ての国が中国の誘いに応じてきた。習近平主席が任期制を廃止し、独裁者の道を歩みだし、国民への監視体制が強化されたとしても、そんなことはどうでもいいのだ。人権問題はプロトコール上の義務上のテーマに過ぎず、見かけだけの議題だ」とかなり辛辣に報じている。

蛇足だが、オーストリア日刊紙クローネン(8日付)によれば、中国のファースト・レディ、習近平国家主席の彭麗媛夫人(ポン・リーユアン)は中国の代表的歌手だったが、10年前、ウィ―ンの国立歌劇場で「ムーラン」(Mulan)の主人公を演じている。夫人にとって、音楽の都ウィ―ンの国立歌劇場は現役時代の最後の舞台だったという。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年4月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。