「栴檀は双葉より芳し」という有り難い言葉を頂き、原点を確認する

2018年04月15日 12:00

高校時代の担任の先生から「栴檀は双葉より芳し(せんだんはふたばよりかんばし)」という有り難い言葉を頂いた。大変に有り難い言葉だ。いや、どういう意味なのか、どう読むのかもわからず、反省したのだけど。「大成する者は、幼いときから人並み外れてすぐれていることのたとえ」なのだそうだ。

何のことかというと、私が当時、学級日誌に書いた文章が、なかなか優れていたらしく。最近、当時の学級日誌を読み返したのだそうだ。

そう、当時から常に社会に対しては怒りの感情を抱いていて。高校では、学級日誌に単にその日の感想だけでなく、何か趣味のことだとか意見を書く文化があり。今思うと、ブログのようなものだったとも言える。

もう何を書いたのか、忘れたのだけど、先生は私の書いたものに対して、こんなコメントを返していたそうだ。

 自分の意見を参考資料などを混じえながら述べてあってなかなか読みごたえがあります。
変なことを『変だぞ』と言えなくなった時、言いづらい雰囲気が出てきたとき、その社会はくずれて行く!!

うん、思い出してきた。何か社会問題に関してコメントしたような。

同じく、大変にお世話になった倫理の先生には、一橋大学の二次試験対策で、添削をお願いしていたのだが、数年前、再会した際には「常見君の文章は直すところが一つもないくらい
よく書けていた」と言われ。感激したのを覚えている。

思えば、幼い頃から文章を書くのが好きだった。小学校の時は学級新聞を書くのに夢中になり。中学校の時は毎日、日記を書いていたし(誰に見せるためでもなく、ただ自分のためだ)、生徒会報に寄稿をするのが楽しみだった。大学時代は、プロレス研究会の会報誌で大暴れ。1995年から自分のサイトを開設し、現在に至る。

ただ、私は、自分の書くものに満足したことは一つもない。プロとしてどうかと思うのだけど、いつも、これ以上書けない、自分の文章はダメダメだと思いつつ、やや甘えて入稿している。かたい書き方とやわらかすぎる書き方で悩んだこともある。いつになったら自分の理想の文章を生み出せるようになるのだろう。

もうすぐ詳細を発表するが、大きめの寄稿があり。ニュースサイトの編集部やライターにかなり取材をしたのだが、そのたびに書き手がいかに読みやすく、また読まれるものをこだわって書いているのかを知り。自分は意味のあるものを書いたことがあるのかと胸に手をあてて反省し。

まあこのブログは、昔も今も自己満足なのだけど。書く機会があることの喜びを忘れずに、一歩前に進みますかね。



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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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