グローバル時代の「敵」とは誰?

欧州連合(EU)首脳会談がブルガリアのソフィアで16、17の両日、開催された。そこでの主要テーマは米国のイラン核合意離脱後の対応、米国の対イラン経済制裁再導入への防衛策だ。

ドナルド・トゥスク欧州大統領(ウィキぺディアから)

EUのドナルド・トゥスク大統領(理事会議長)は16日、(同じドナルドだが)トランプ米大統領に対し、「なんとコロコロ変わる大統領だろうか」と珍しく本音を吐き、「あなたのその変わりやすさ(不可測性)は敵に対応する時には都合はいいが……」と述べ、同盟国のEUに対して貿易制裁を実施するトランプ大統領を「気分屋で強引」と厳しく批判した。

ポーランド出身のトゥスク大統領の発言は現代的なテーマを提示している。すなわち、21世紀のグローバル時代で敵(国)とは誰かというテーマだ。まだまだ試行錯誤だが、国境、民族、文化の違いを超え世界は統合の方向に向かって緩やかだが動き出している。その時代に、どの国、どの民族が「敵」といえるか、それとも「敵」という概念自体が次第に消滅に向かっているのだろうか、等々考えさせるからだ。

冷戦時代はある意味でシンプルだった。「敵」と「味方」がはっきりとしていたからだ。共産主義陣営と西側民主主義陣営が大量破壊兵器をもって対立した時代だ。そこに登場した第40代米国大統領、ロナルド・レーガン大統領(任期1981~89年)は共産主義を「悪」と断じ、西側を「善」と宣言して戦った。

冷戦時代で勝利した善側の西側民主主義陣営が勝利者らしく、さらに発展していったならば問題は生じなかったが、西側民主主義陣営がその後、揺れ出した。ポスト冷戦時代の問題は多くはそこから生じてきたものだ。勝利者は勝利者らしい栄光を輝かすことができず、敗北者のような様相を呈してきたからだ。その主因の一つは「敵」を見失ったことだ。

その混乱時に、イスラム教諸国から国際テロ組織「アルカイダ」やイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)、そして「ボコ・ハラム」(西洋式の非イスラム教育は罪)が登場してきた。彼らは「何が善」で「何が悪」かをはっきりと宣言し、西側資本主義の腐敗、逸楽に戦いを挑んできたのだ。

彼らがポスト冷戦時代に台頭し、拡大できた主因は、冷戦時代の勝利者、西側資本主義の腐敗、堕落があったからだ。イスラム過激派はそれを成長の糧として拡大していった。

現実の世界をみる。世界超大国の米国にとって、軍事的、経済的にみて最大の敵国は今日、中国だろう。それにプーチン大統領が率いるロシアが続く。ただし、その対立構造は冷戦時代のようにはっきりしていない。一貫性がなく、揺れ動いている。

実例を挙げて考えてみる。トランプ氏の中国への経済政策だ。米政府は4月中旬、中国通信大手・中興通訊(ZTE)が対イラン禁輸措置を破ったとして、米企業に対してZTEへの部品販売を7年間禁止するように命じたが、トランプ大統領は今月13日、ZTEへの制裁の解除を商務省に指示した。曰く「中国の習近平国家主席との人間的関係を考慮した」というのだ。トランプ氏にはレーガン大統領のような明確な「敵・味方」「善悪」といった判断基準は当てはまらないのだ。

トゥスク大統領の発言には、「ドナルドよ、欧州は米国の同盟国ではないか。敵ではない欧州に対して経済制裁を施行するとはどうしたことか」といった思いが滲んでいる。一方、同じドナルドのトランプ氏は、「ジャン・クロード(ユンケルEU委員長)とドナルドよ、お前たちはいいやつだが、米国に対してハードだ。欧州は米国からさまざまな恩典を享受してきた。欧州と米国間の貿易収支がどんなものか思い出してみろ。米国の農産物は欧州市場に輸出できないのだ」と反論している。

Gage Skidmore / flickr(編集部)

トランプ大統領にとって、「いいやつだが、もはや見過ごすことはできない」といった論理だろう。そこには「敵・味方」といった概念より、純粋な経済的「損得」の概念が優先している。だから、トゥスク氏が米国に対し、冷戦時代の戦略的「敵・味方論」を振りかざしたとしても、経済的「損得論」で応戦するトランプ氏のハートを掴むことは難しいわけだ。日米間の最近の通商問題を思い出すまでもないだろう。

ちなみに、トゥスクEU大統領は、「トランプ大統領の不可測性は敵に対しては強みだ」と述べたが、これは正論だ。例えば、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長はトランプ氏の変わりやすさに戸惑いを感じている一人かもしれない。「チビデブ」、「ロケットマン」と酷評したかと思えば、「賢明な指導者だ」といったように、その人物評が180度変わるトランプ氏に対し、米朝首脳会談を控えた金正恩氏は対応に苦慮しているだろう。

参考までに、スンニ派の盟主サウジアラビアにとって最大の「敵」は久しくイスラエルだったが、もはやそうではない。シーア派大国のイランこそサウジの最大の「敵」となった。汎アラブ主義が席巻していた時代には考えられない政治情勢がアラブ諸国の間でも生まれつつある。

具体的には“アラブの春”以降、アラブ諸国の指導者の汎アラブ主義は失せ、自国の国益ファーストが優先し、昔の「敵」はある日突然「同盟」となり、その逆も出てきた。欧州と米国との関係だけではない。

まとめる。トゥスク大統領の米大統領評には、21世紀のグローバルな時代の共通の価値観は何か、われわれにとって本当の「敵」は誰か、等々を改めて考えさせる重要な内容が含まれているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年5月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。