金正恩体制の保証を誰がするのか

長谷川 良

日韓メディアによると、トランプ米大統領は北朝鮮に対し、「体制の保証」を約束し、無条件の非核化要求を撤回したという。これは、日米が強く主張してきた「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄」(CVID)、制裁解除、経済支援は非核化の後という路線の修正を意味する。金正恩朝鮮労働党委員長は武装解除、白旗を掲げることを意味するリビア方式の非核化には絶対に応じないことは分かり切っていた。トランプ氏もようやく理解したわけだ。

▲朝鮮半島の非核化を確認した「板門店宣言」に署名した金委員長と文大統領(南北首脳会談プレスセンター提供、2018年4月27日)

▲朝鮮半島の非核化を確認した「板門店宣言」に署名した金委員長と文大統領(南北首脳会談プレスセンター提供、2018年4月27日)

トランプ氏は南北首脳会談開催前後までは押せ押せムードで強気だったが、ここにきてトランプ氏と金正恩氏の力関係が逆になってきた。金正恩氏は中国との関係修正に乗り出し、中朝両国は歩み寄り始めた。一方、トランプ氏には11月の中間選挙が間近に迫っている。米朝首脳会談でなんとか得点を挙げたい。ジョン・ボルトン大統領補佐官らの意向より、中間選挙の動向の方がトランプ氏にとって重要だからだ。

トランプ氏が無条件の非核化というリビア方式を交渉テーブルからひっこめたことを受け、6月12日の米朝首脳会談の実現の見通しは少し明るくなった。トランプ氏と金正恩氏の第1ラウンドのディールは若い金正恩氏に軍配が挙がった感じだ。

問題は体制保証だ。金日成主席、金正日総書記、そして金正恩委員長と続く3代の世襲独裁国家の北朝鮮に対し、民主主義世界の指導的地位を誇ってきた米国が独裁体制の継続を容認することを意味するからだ。 もちろん、外交は綺麗事だけでは済まない。ある時には撤退も必要であり、譲歩も不可欠だ。だから、絶対に独裁政権を認めない、だから、体制保証はできないといえば、米朝首脳会談はもともと不可能だろう。

独裁国家の北の体制保証は即、国内の政治収容所にいる数十万人の反体制派、宗教家の人権を無視することだ、という批判の声が上がるだろう。幸い、彼らは米朝首脳会談の開催など知らないし、米大統領が独裁者・金正恩氏に対し体制保証を約束したなどとは夢にも考えないだろう。だから、北国内の反体制派の声にトランプ氏は余り心を痛める必要はないわけだ。

問題は誰が、どの国が独裁国家の指導者に向かって「私はあなたの国の体制を保証する」といえるかだ。そのような権利と能力を有している指導者、国家が存在するかだ。例えば、トランプ氏と金正恩氏の間で体制保証を明記した何らかの外交文書を署名するとしよう。トランプ氏の任期はあと2年半だ。それが経過すれば、再選出馬するが、再選の可能性は不明だ。すなわち、誰が次期米大統領として登場するかは分からない。一方、北朝鮮は多分、金正恩氏が当分は独裁者の位置を維持するだろう。

問題は次期米大統領が前大統領が任期中、署名した外交文書を死守するかどうかだ。トランプ氏自身、大統領に就任すると直ぐに前大統領(オバマ氏)の任期中の功績をことごとく破棄していった。トランプ氏の後任大統領がトランプ氏の米朝首脳会談で合意した内容に疑義を投げかけ、破棄を強いるかもしれない。

米国は民主主義国家であり、その指導者は選挙で決定される。一方、北は一人の独裁者が全てを決定できる。このアンバランスの両国間で如何なる外交文書も永遠に維持される保証など考えられないのだ。

ちなみに、金正恩氏が体制の維持を考えるならば、可能性は皆無ではない。同じ独裁体制の国家との間ならば体制の保証は獲得できるからだ。具体的にいえば、中国共産党独裁政権とならば、双方が体制の維持を願っている限り、合意できる。もちろん、強い独裁国家(中国)が弱い立場の独裁国家(北朝鮮)を吸収併合するといったシナリオは排除できないが。

トランプ氏が提案する「体制保証」は簡単な内容ではない。金正恩氏に申し出る「体制の保証」とは、米海軍特殊部隊(ネイビーシールズ)による「金正恩斬首作戦」の中止を意味するだけではないのだ。最終的には、朝鮮半島の非核化だ。遅かれ早かれ朝鮮半島に駐留する2万5000人以上の米軍兵士の撤退もアジェンダに浮上してくる。なぜならば、米軍のプレゼンスは北にとって体制への脅威と受け取っているからだ。

トランプ氏は北の非核化を短期間に実現したい意向というが、焦りは禁物だ。日米韓3国との綿密な話し合いが不可欠だからだ。いずれにしても、トランプ氏は史上初の米朝首脳会談という魅力に抗することができず、大統領専用機「エア・フォース・ワン」に乗り込みシンガポールへ飛び立つだろう。その旅が吉と出るか、凶と出るかは分からない。日本を含む朝鮮半島の周辺国家は固唾を飲んで見守ることになるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年5月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。