なぜ教育には社会主義を求めるのか

2018年06月04日 06:00

お役所の考えは失敗する

なぜ公教育に期待するのでしょうか。政府が立案した経済政策やターゲティング政策は、死屍累々です。同様に学校側が「こういった力が必要だ」といって、それを学校で教えられても、その能力は不必要どころか、子供たちに誤った価値観をうえつけかねません。

わたしの勤めていたK市も、キャリア教育にとても熱心な自治体で、分厚い冊子も作っていましたが、企業の実態を知っている者としては、とても読み通せる代物ではなかったです。

教員は足りていないが・・・

教員はあいかわらずの大量採用が続いていますが、「教員が足りていない」という実態もあります。これは今後の少子化で常勤の教員がいらなくなっていくことを見越して、非常勤の採用で乗り切ろうとした結果、教員が集まらないということのようです。

ひじょうに雇用の流動性が低い業界です。しかも、公務員で終身雇用とはいえ、つぶしがききません。これではいくらブラックでも辞められないでしょう。

現在は、団塊の世代とそれに続く世代の退職によって、大量採用の時代と言われています。10年後もこの採用が続いているのでしょうか。
今までの経験でいうと、つぎの大量採用は、今大量に採用している人たちが大量に退職していくときになるのではないでしょうか。

けれども、出生数は激減しています。

小中学校が一校もなくなる自治体も全体の半数に及ぶという試算も出ています。首都圏も今は流入により人口が増加傾向ですが、それもあと数年だと思われます。先生は「テレビ」という教室も現れるそうですが、それはぎゃくに学校教育の偏見に染まらず、ひじょうによいことではないでしょうか。

さて、今年採用になった先生が定年退職を迎えるのは、定年延長も考えると、約50年後。
それまで、学校制度じたいを維持することはできるのでしょうか。

教員は公務員であるべきか

荘司雅彦氏の「学校教諭を公務員にしておく必要はない!」は、そのとおりです。

私立高校の無償化によって、公立高校と同等(おそらくそれ以上)の対価や効果が得られるのなら、それは望ましいことでしょう。そして、この点で優れているのは、教員のあまりに硬直化した雇用形態の流動性を高めることができることではないしょうか。

しかし、同じ教諭でありながら、「公立」と「私立」とで大きな身分の違いがあるという点は早急に是正すべき問題だ。公立学校の教諭は公務員であるのに対し、私立学校の教諭は公務員ではない。

両者の間で最も大きな違いが出るのは、学校事故等が起こった場合の教諭個人の賠償責任を問う場合だ。

国又は公共団体の公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。

なにかことがおこった時に、保護者対行政ではなく、教師個人の過失に対して保護者が訴えるという、「保護者対教師」という緊張関係をもった構図は作るべきではないでしょうか。ひとりのプロとして、責任をとる。もちろん、その一方で保護者や児童生徒の過失や不法行為に対しても、厳しい目を向けるべきでしょう。

現状の窮屈な学校の制度に押し込まれているために対処困難になってしまっている面も大きいです。公教育という「建前」の空間においては、児童生徒の資質や個性は考慮されません。

それでも、教育には

それでも、教育には多額の税金を投入することは必要だと思うので、バウチャー制を導入し(現在もなし崩し的に義務教育の公立校の学校選択制が行われていますが、これは入学が許可されるかどうかの運不運が大きすぎます)、児童生徒や保護者自身が望ましいと思う教育を選択するという能動的な行為に移行していくべきでしょう。

反対が多いと言うことは「特権的身分を奪われたくない」ということだろう。公務員は全体の奉仕者だ。決して特権であってはならないし、特権化しているとすれば即刻改めるべきだ。

規律をたたきこむの愚

現状の学校は、教育にはもはや適切な制度ではなくなってしまっています。小中学校は工場労働者や軍隊の規律をたたき込むことから生まれ、その考え方は現代まで引きつがれています。それが荒れる子供たちの原因でもあります。けれども、保護者もその原因に気づいていない人も多いのです。発達障がい児は押さえつけてしまえ、不登校はサボりだ、保護者からの要望は無視しろ、と。アクティブ・ラーニングも、体裁を変えた規律の訓練といえます。ただし、日本企業は日本企業で、さいきんまでそういった「指令と管理」を重宝していた面もいなめませんが。

教員の身分保障はどうあるべきか

一方で、学校の教員はつぶしがきかない仕事の代名詞です。これが予備校の講師なら、教え方のプロなので、資格学校など他のジャンルに転職可能でしょう。
しかし、学校の教員は、児童生徒の態度指導という特殊技能のため、他での流用がききません。ブラック部活などの負担や教員どうしのパワハラは、この流動性のなさから生まれるものでしょう。
こういう意味でも、教員に向かない場合、実社会にもどれるように社会人採用を進めるべきではないでしょうか。(現状では企業から学校への転職は少ないです。ぎゃくはなおさら。)

「学校社会主義」からの卒業

池田信夫氏の指摘するように、日本の学校教育は、「学校社会主義」を卒業し、幼児教育を含めて教育の自由化を進めなくてはならない岐路に立っていると思います。現状はそれとはぎゃくに、空疎な社会主義的な指導内容や態度指導を、社会主義的な考えの教員が教えています。

そのためにも、税金は投入するが、教員は非公務員にするという改革も、必要なのではないでしょうか。子供のためにも、教員自身のためにも。

中沢 良平(元小学校教諭)

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