任期あるトランプ、任期ない金正恩

トランプ米大統領は1日、シンガポールで歴史初の米朝首脳会談を予定通り今月12日に開くと発表した。同時に、「首脳会談ではいかなる外交文書にも署名する予定はない」と指摘し、「北の非核化を達成するためには一度の首脳会談では出来ない」と説明、複数の首脳会談が必要となることを示唆した。

▲金英哲副委員長、トランプ大統領に金正恩委員長の親書を手渡す(2018年6月1日、ホワイトハウス公式サイトから)

▲金英哲副委員長、トランプ大統領に金正恩委員長の親書を手渡す(2018年6月1日、ホワイトハウス公式サイトから)

トランプ氏からは、「北が非核化に応じるまで絶対に制裁を解除しない」、「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄」(CVID)を主張してきた時のような勢いは感じられなくなった。カメラが捉えたのは、11月の米中間選挙を勝利し、大統領弾劾裁判を回避したいと腐心する、今月14日に72歳を迎える米大統領の姿だ。世界の耳目が集まる米朝首脳会談を開催し、米国民に向かって指導力をアピール、首脳会談では金正恩朝鮮労働党委員長から非核化への言質を取れればそれで十分と考え出してきたのではないだろうか。

韓国メディアによれば、米朝首脳はひょっとしたら韓国の文在寅大統領を招き、「終戦宣言」をするのではないかと報じているが、「北の非核化」については、そのトーンは著しく控えめになってきている。

少し話は飛ぶ。政治体制では独裁政治より民主主義政治の方が当然ベターだが、独裁者と民主選出された大統領が交渉テーブルに着き、ディールする場合、後者が常に有利というわけではない。具体的には、金正恩氏とトランプ大統領のケースだ。

独裁者は国内の複雑な意思決定機関を通さず重要案件を決定できる。数人の側近と協議すれば十分だ。その側近も独裁者の意向に反すれば明日はどこかに飛ばされる。 一方、米大統領には内閣制の民主政体より、その権力は集中していて、特に外交問題ではトップ・ダウン式で政策を決定できる面があるが、議会の意向を無視出来ない。それ以上に問題は米大統領の任期が4年に過ぎないことだ。当選し、再選に出馬するまで、選挙期間を差し引けば、自身の政策を履行できる実質期間は3年もない。米大統領は選挙から次の選挙へと追われる運命をどうしても逃れられないのだ。

トランプ大統領と交渉テーブルに着いた時、34歳の金正恩氏はトランプ氏に「北の非核化が長期議題であること」を納得させれば勝利だ。任期2年半の米大統領に10年、15年の年月が必要な非核化問題を協議し、実質的な解決を実現しようとすること自体、元々非現実的だ。次期大統領は誰で、どのような政治信条の持ち主か分からない段階でどうして詳細な非核化交渉ができるだろうか。13年間余り協議を繰り返し、2015年7月にようやく合意した「イラン核合意」をトランプ氏は今年5月、離脱宣言したばかりだ。トランプ氏自身がもっともよく知っている点だ。

トランプ氏は「北の経済支援は中国、日本、韓国が担当する。米国は一銭も支援する考えはない」と本音を吐露している。誤解を恐れずに言えば、トランプ氏は朝鮮半島の非核化より中間選挙の勝利の方が重要なのだ。トランプ氏の気性が特別悪いからではない、民主的選挙で選出される全ての政治家は程度の差こそあれ同じだ。選挙で敗北すれば、その瞬間、その政治家は「タダの人」に降格する。その恐れから逃れるため、政治家はあらゆる手段を駆使して選挙戦を勝ち抜こうとする。トランプ氏も例外ではないだけだ。

韓国聯合ニュースが1日、韓国ギャラップの世論調査結果(5月29~31日実施、1002人対象)を報じた。それによると、トランプ大統領の好感度は3月比で8ポイント上昇して32ポイント、金正恩氏は10ポイントから31ポイントに急上昇している。南北首脳会談の評価、米朝首脳会談への期待が込められ、その好感度が上昇したのだろう。いずれにしても、韓国民は独裁者の金正恩氏と選挙で選出されたトランプ氏に対し、ほぼ同程度の好感度を持っているというわけだ。

参考までに、米ハーバード大学政治哲学者、マイケル・サンデル教授は独週刊誌シュピーゲル(5月19日号)とのインタビューで、「リベラリズムは民主主義(Democracy)を金権政治(Plutocracy)に陥らせる宿命的傾向を有している」と答え、現行の民主主義の問題点を指摘している。

当方は「民主主義より独裁政治がいい」と主張するつもりは毛頭ない。ただ、金正恩氏はトランプ氏の抱える民主主義制度の弱点とは全く無縁の独裁者だという事実を忘れてはならないということだ。 政治ショーに長けたトランプ氏と若き独裁者・金正恩氏の丁々発止がいよいよ始まる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年6月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。