G7を結束させた「共通価値」はどこ?

カナダ東部シャルルボワで8日午後(現地時間)、主要国首脳会談(G7)が2日間の日程で始まった。カナダで開催されたG7は開催前から加盟国間(日米英仏独伊加)から不協和音が聞こえてきた。米国が発動した鉄鋼とアルミニウムに対する輸入制限措置に対し、他の加盟国から批判が飛び出したからだ。欧州の主要メディアでは、「6対1の戦い」「孤立を深めるトランプ」といった大きな見出しが躍っているほどだ。

▲日米共同記者会見 2018年6月7日、ホワイトハウスで、首相官邸HPから

▲日米共同記者会見 2018年6月7日、ホワイトハウスで、首相官邸HPから

トランプ米大統領は鉄鋼、アルミに対し輸入関税を導入するばかりか、自動車の輸入に対しても同様の関税導入といった処置を次々と打ち出し、ドイツやフランスなどから強い反発が聞こえてきた(米国と欧州連合=EUは8日、貿易戦争をを回避するために貿易対話の枠組み創設で合意)。

G7の加盟国間には、少なくとも共通の価値観を共有している、といった認識があった。もう少し具体的にいえば、加盟国には対ロシア、中国への共同歩調、戦略といった面が協議され、経済面で少々の不協和音が生じても、それを乗り越えてきた。換言すれば、どの国と価値観、世界観を共有し、どの国とは敵対関係かが明確だった。だから、G7にロシアを参加させるべきだという意見が出た時、加盟国では意見が分かれた。トランプ氏はここにきて「ロシアを招くべきだ」と発言し、他の加盟国を再び驚かせている。

しかし、トランプ氏がホワイトハウス入りしてから世界は変わった。“米国ファ―スト”を前面に打ち出し、経済分野だけではなく、政治、軍事分野でもそのカラーが強まり、米国と他の加盟国との調和、連携が崩れてきたからだ。マクロン仏大統領やメルケル独首相はG7前にワシントン詣でし、トランプ氏の意向を探る一方、G7の結束を強化すべきだと懸命にアピールしたが、これまでのところその効果は表れていない。

ところで、トランプ氏は他の6カ国から苦情を聞かなければならないG7会議より12日から開催されるシンガポールでの米朝首脳会談の方を重要視している。G7より、独裁者、北朝鮮の金正恩労働党委員長との史上初の米朝首脳会談の方がメディア受けすることを知っているからだ。11月の中間選挙を控えているトランプ氏にとって外交ポイントを稼ぎ、中間選挙を乗り越え、再選の道を大きく前進させる方が大切だ。

実際、トランプ氏はG7の2日目の日程を欠席して、シンガポールに向かって飛び立つ。トランプ氏のG7軽視の表れだ。ホスト国のカナダのトルドー首相は内心穏やかではないだろう。

「敵はどこか」ということがはっきりしていた時代にはG7指導者の会議には大きな意味があった。G7は共通の価値観で結束できたが、その価値観が一致しない場合、結束が緩み、その意義すら失われてきた。それゆえに「世界の諸問題を話し合う枠組みはG7ではなく、G20だ」という声が益々高まってきたわけだ。

世界はグローバル化し、国境、民族の壁を越えて自由に交流できる時代圏に入った。その恩恵は大きいが、欧米諸国を結束させてきた共通の価値観がなくなり、敵が見えない時代圏に入った。各国が自国の国益を最大重視し、価値観が異なる中国やロシアに対する結束が難しくなってきた。換言すれば、共産党独裁政権の中国はグルーバル化でその牙を隠蔽しやすくなったわけだ。

中国の習近平国家主席が提唱した新しいシルクロード構想「一帯一路」に対し、ジグマ―ル・ガブリエル前独外相は2月17日、独南部バイエルン州のミュンヘンで開催された安全保障会議(MSC)で、「習主席が推進する一帯一路構想は民主主義、自由の精神とは一致しない。中国はロシアと並び欧州の統合を崩そうと腐心し、欧州の個々の国の指導者を勧誘している。新シルクロードはマルコポーロの感傷的な思いではなく、中国の国益に奉仕する包括的なシステム開発に寄与するものだ。単なる経済的エリアの問題ではない」と主張し、中国が進める「一帯一路」は異なった価値観、世界観を標榜する世界戦略だ」と強く警告を発したほどだ。

世界のグローバル化で敵が無くなったのではなく、見えなくなってきただけだ。中国だけではない。ロシアは欧州の結束を崩すため欧州の統合に懐疑的な極右政党に接近し、石油・ガス供給を通じて影響力の拡大に腐心している。ロシアも中国も目を覚まして未来を見据えているのだ。

“米国ファースト”を主張するトランプ大統領の出現は世界にとって短期的には混乱をもたらすことは避けられない。米国が自国重視に邁進する時、世界は混乱する一方、米国自身もワイルド資本主義社会で貧富の格差は拡大し、犯罪、麻薬中毒問題など国民の精神世界は一層乱れていく。G7の現状は世界が既製の価値観ではもはや機能できなくなったことを端的に物語っている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年6月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。