西野ジャパンW杯勝利と成熟組織の心理マネジメント

2018年06月20日 11:30

コロンビア戦,歴史的勝利!

サッカー西野ジャパンが露W杯で南米の強豪コロンビアに歴史的な勝利を挙げました。

この勝利は多くの意味で画期的です。1996年アトランタ五輪・西野ジャパンのブラジル戦勝利,通称“マイアミの奇跡”のように粘り強く守り勝ったわけではありません。立ち上がりから堂々と攻め勝った中での勝利です。前半3分でコロンビアMFのC・サンチェスが彼にとっては不運のハンドで一発退場になったというアドバンテージがあったものの,攻撃力が魅力の世界的強豪に攻め勝ったのです。

さらにFIFAランクはコロンビア16位に対して日本は61位という大下剋上でもあり,世界のサッカージャーナリズムからアジアの“弱さ”が懸念される中でのアジア勢史上初の南米からの勝利でもあり…,と本当に多くの意味で世界を驚かせた勝利でした。

勝利の要因は?

コロンビア代表は世界レベルの名選手を多く揃える強豪です。ブラジル,アルゼンチンと南米で切磋琢磨してきた試合巧者でもあります。単純にサッカーだけで考えればFIFAランク通りコロンビアのほうが強かったかもしれません。次の対戦でまた日本代表が勝てる確率は高くないでしょう。

その中で西野監督はどのように勝利を引き寄せたのでしょうか。コロンビア側の要因としてW杯初戦の硬さ,チームの要の一人であるセントラルMFの退場なども広く考察されていますが,西野監督のチームマネジメントにも選手の力を引き出す工夫があったように思われます。

ハリル前監督からの交代劇と成熟した選手たち

サッカー日本代表は2ヶ月前にハリルホジッチ前監督を解任して西野ジャパンとなりました。この判断の是非が国内外でずっと問われていました。選手の平均年齢が開幕時で28・2歳と歴代W杯代表より高いことも物議を醸しました。「年功序列ジャパン」「おっさんジャパン」と呼ぶ声もありました。しかし,成熟を考察した心理学理論からみると,この監督交代劇と成熟した選手たちを上手にマネジメントしたことがこの勝利を引き寄せたように思えます。

成熟の心理学:「経験=成熟」だが経験は成熟の必要条件

成熟は「経験値」という言葉に集約されることが多いようです。ただ,心理学では経験とその中で獲得する人間的な成熟は区別して考えています。経験豊かで博識なのに大人げない言動やこだわりで周囲を困惑させる方,あなたの身の回りにもいませんか?「経験=成熟」ではないのです。

人としての成熟はパーソナリティ心理学の一理論とされているC.Cloningerの理論から考えることが出来ます。この理論では大人と子どもの違いから抽出された,自己志向性,協調性,自己超越性の3要素で成熟を考えます。自己志向性とは責任感や自覚,目的意識がしっかりとしていることです。協調性とは人に協力でき,人を許せることです。自己超越性とは個人を超越した視野や展望を持つことです。

若い人がこの3次元の成熟を兼ね備えることは簡単ではありません。たとえば,自己志向性が高いと責任感や目的意識にコミットするあまり意に沿わない人を許せなくなります。また協調性が高いだけだと人に流されやすく無責任になります。バランスの良い成熟に至るには一定の経験が必要なのです。

問題解決能力を持つ成熟した選手たち

西野監督は短期間で戦えるチームを作るためにピッチ上で問題解決が出来る選手を選んだと言われています。チームで問題解決を行うわけですから,必然的に成熟の3要素を兼ね備えた選手が必要です。つまり,広い視野でW杯での日本代表の立ち位置と今後への展望を持ち,責任を持って問題と向き合い,仲間とお互いに出来ることと出来ないことを認め許し合い,協力し合うことができる「大人の選手」たちが必要だったわけです。そのため,相対的に年齢が高くなるのは必然だったのです。

ポルトガルリーグでブレイクした期待の新星・中島選手落選をうけて,一時期は「ポリバレント(多価性)」という言葉が話題になりました。サッカーのプレーにおけるポリバレントと受け止めた識者が多かったようですが,私にはピッチ上の問題解決能力を含めたポリバレントを求めていたように思えます。

もちろん,難しいリーグで成功したわけですから中島選手もそれなりに成熟した大人の選手だと思われます。プレーに関しては西野ジャパンの選手よりも上だったかもしれません。ただ,成熟という点でより信頼できる選手が選ばれたのでしょう。

組織の心理マネジメントと委譲型リーダーシップ

そして問題解決能力を持つ成熟した選手たちを使いこなすコツは「委譲型リーダーシップ」です。これはメンバー任せのマネジメントではなく「誰に任せられるか」を管理するリーダーシップです。

成熟しているとは言え,自己志向性が高いとむやみに指示されることを嫌います。特にその指示に合理性を感じられないと協調性を発揮できません。ハリル前監督のチームマネジメントはこのスタイルとはかなり違いました。結果的に成熟した選手たちを使いこなせず,また独自のサッカー哲学を追求していたため成熟した選手たちと協調できなかったのかもしれません。

委譲型リーダーシップは任せたメンバーを鼓舞するとともにその自尊心もマネジメントして実力を発揮できるように配慮しなければなりません。したがって感情労働の側面も高いリーダーシップなので,なかなかに大変です。ですが,サッカーでは選手をピッチに送り出したら監督に出来ることは限られます。必然的に委譲型リーダーシップが必要になるのです。

おわりに

西野監督が選手の成熟や委譲型リーダーシップを意識しているかはわかりませんが,西野ジャパンの勝利をお手本に成熟したメンバーの集まる組織の心理マネジメントを学ぶのもW杯観戦の一つの楽しみにできればと思います。どこまで勝ち抜けてくれるのか,厚く応援したいですね。

杉山崇
神奈川大学人間科学部教授・心理相談センター所長 心理学者・心理マネジメント評論家

脳科学と融合した次世代型サイコセラピーの研究やTV・雑誌などマスメディアでの心理学解説で知られる

リーダーシップ,組織運営,マーケティング,など心理マネジメントを学ぶなら…

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杉山 崇
神奈川大学人間科学部教授

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