シカゴから戻って1週間:標準療法と個別化医療

2018年06月21日 06:00

目が回るほど忙しい日が続いている。「シカゴ便り」でなくなることを契機にブログをどうしたものかと悩んでいたが、昨夜、食事をした友人から、「中村先生は、人が言いたいことを、よくあれだけズケズケと言えますね。他の人は怖くて言いたいことが言えないのですよ。でも、ブログを読んでスッキリしている人がたくさんいると思いますよ」と言われた。

そして、昨日の朝に、以前から相談を受けていた19歳のがん患者さんをお見舞いに行って(様子を見に行って)来た。直後に、お父様から連絡をいただき、感謝の言葉を頂いた。電話の向こうで泣いている様子が伝わり、私ももらい泣きしてしまった。少しでも多くの患者さんに希望を提供することが重要だと思い、これからもできる範囲で情報を発信していくことに決めた。もちろん、最終的なゴールは希望を提供するだけではない、希望を現実にすることが私の人生の目標だ。

日本に戻って1週間、もっとも辟易としているのが、標準療法を金科玉条のように唱える人達と接する時だ。旧来の抗がん剤による治療は、極端な言い方をすれば、1000人ずつのがん患者に薬剤Xと薬剤Yを投与して、統計学的に有意差を検証する形で標準的治療が確立されてきた。例えば、患者さんの半数が死亡した期間が、薬剤Xが6ヶ月で、薬剤Yが8か月と伸びて、しかも、統計学的解析でP値が0.05や0.01を下回ることによって、薬剤Yが推奨され、それが標準医療の位置を獲得してきたものだ。

これらの結果をもとに、Yは絶対的にXよりいいのだと主張してやまない医師が多い。これは、がん患者さんを集団として捉えて、何も考えずに統計学を盲目的に信じているからだ。集団の中で、効いた人、効かなかった人の種々の背景を判定する道具がなかった時代ならともかく、今や、個々の患者さんの違いをゲノムレベルで捉えることができるようになったにもかかわらず、科学的に考察できない医師が多すぎるのだ。

10人中、薬剤Xを投与すると2人に有効で、薬剤Yを投与すると3人に有効であるケースで、統計学解析だけを信じ、何も考えずにYXよりいい薬だと結論付けるのは、今の時代には愚かな考えだと思う。

薬剤XではAさんとBさんが有効で、薬剤YではABCが有効だと信じているようだ。人間の顔はみんな同じだと信じているようなものだ。

しかし、当然ながら、上図のようなケースではAさんとBさんは最適治療の機会を失することになる。最初の図のように、今やAからJさんのがんの個性を調べることができる。がんゲノム医療の定義を、分子標的治療薬の使いわけのように矮小化しているから、日本のがん医療は遅れるのだ。

標準療法を順序付けて、1、2,3と順番をつけていくことは、それぞれのがんの個性を無視しているのと同じことだ。現実的には、匙加減で治療をしている医師は少なくない。治療経過を見て、患者さんの顔を見て、本能的に治療法を使い分けているのだ。長年の経験値をもとに、直感というアルゴリズムを頭の中で構築しているのだ。 

全ゲノム・エキソーム解析や遺伝子発現解析をしてデータを蓄積すれば、人工知能が、科学的に、分子標的治療薬だけでなく、旧来の抗がん剤、抗体医薬品、放射線治療などの効果予測をしてくれるはずだ。岩手医科大学泌尿器科の前教授の藤岡知昭先生とわれわれは遺伝子発現解析によって、膀胱がんに対する二つの抗がん剤療法の使い分けを提唱してきたが、「XYの効果は同じで、副作用が低い」というエビデンスに押し切られてしまった。今考えるともっと頑張ればよかったと思うが、統計学というエビデンスを信じる人たちに負けてしまった。

個別化医療、プレシジョン医療の実現には、遺伝子パネルではなく、もっと多くのゲノム・遺伝子情報が不可欠だ。次回は、この膀胱がんのデータをもとにゲノム解析の重要性を伝えたい。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴから戻った便り」2018年6月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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中村 祐輔
医学者、内閣府SIPディレクター

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