退化する学校

2018年06月25日 06:00

あなたが教師だとして、子供の体操着がなくなったときに、どう対応しますか?

「状況による」としか言いようがないのではないでしょうか。少なくとも私はそんな気がします。

教師の対応に正解はあったのか

ある日、A君の体操着がなくなりました。しばらくしてA君の下校路から出てきたそうです。このとき、A君のお母さんは、「盗まれたのになんで犯人を捜さなかったのか?」と学校の管理職に不満を伝えました。

これに驚いた管理職は、担任を呼びつけ、「なんで盗まれたことを前提に指導をしなかったのだ」と問い詰めました。その後管理職(教頭)は、その学級の一人ひとりに「盗んではいないか」と面談したそうです。盗まれた証拠がないのに、盗んだと決めつけて指導をするのに納得できなかった担任でしたが、管理職の行動は止められません。

このように学校は、10年前と比べて、顧客ファーストになりました。格段に保護者からのクレームに怯える管理職(と教委)です。ゆえに「報・連・相」は最重要事項です。管理職や教委は、「報・連・相」を受けてそれに対して指示を出して、それを担任が履行していなければ、自分たちの責任は免れるという論理を持っているようです。10年前なら「子供を犯人扱いできません。学校は警察ではありません」と突っぱねていた管理職も、現在では担任の責任にしてしまっています。もちろん、これまでの無為無策も批判されるべきでしょうが。

この10年で激変した学校現場と家庭環境

学校現場でのこの10年の最大の変化は、この管理職のクレーム耐性の弱体化と、家庭からのクレームの増加です。

家庭も管理教育を好んでいるような気もします。会社、とくに大企業は管理的なので、家庭もそれに適応していったのが、原因だと邪推しています。

規模の大きな企業になれば、業績よりも勤務態度や人間関係をより重視すると思います(若干変わってきているかもしれませんが)。

自分の子供が学校の規律からはみ出ていることに対して、我慢がならないといったところでしょうか。ゆえに授業参観で、自分の子供の態度が怠慢だと、とても落胆しています。

このように、二重の意味で、現在の学校はとても息苦しくなっています。

外国籍の子供や発達障害の子供も増えていると言われますが、けっして彼らにとって学校は居心地のよいものになってきていません。多様性、ダイバーシティ、ユニニバーサルデザインなどと言われていますが、現状は逆行しているように思えるのです。

若い人を見ていると、海外やITの分野で華々しく活躍する人も増えている一方で、むしろ管理されたい、それによって安定した生活を維持したい人も増えているようにも見えます。

学校教育がより管理的になっているからそうなるのか、企業の管理が強まっているから学校はそれに応じているだけなのか、わかりませんが。

中沢 良平(元小学校教諭)

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