木村草太教授のまっとうすぎる学校批判

2018年07月05日 06:00

衆議院インターネット中継より:編集部

憲法学で有名な木村教授の小学生のお子さんが、小学校でご苦労されたようです。木村教授のtweetもなかなか味わい深いです。木村教授ののべている憲法論は、浅学のわたしに是非はわからないのですが、教育にかんしてはとても説得的です。ただし、日本の学校に期待過剰な面も感じないわけではありませんが・・・

お嬢さんの担任の教員がかなりの問題教員で、木村教授夫妻は学校や教委に是正を申し入れて、改善にむかったようです。

なぜ学校教育の現場は子供や保護者の想いと乖離していくのか

保護者とのコミュニケーション不足ではないでしょうか。クラスさえ落ち着いていれば(押さえつけていれば)よいという風潮があります。教員は終身雇用です。ゆえに、お客さん(子供や保護者)の要望を聞くより、内輪の評価を気にしたり、なにがなんでも居座ったほうが合理的です。

管理職に関しても、部下に嫌われるより、のらりくらり保護者の要望をかわしたほうが無難です。なんせつぶれませんし、リストラもありませんから。いくら子供のために職員や教委を敵に回しても、その年限りの感謝で終わってしまいます。教員たちは、それなりに合理的に行動しているんですね。

ただし、教員は営業が足りない

保護者とふだんからしっかりと連絡を取り合っていれば、教委などに連絡せずとも、「先生、ちょっと言いづらいのですが、ちょっとお伝えしたいことが・・・」と諫言も言える関係が築けるはずです。
でも、なぜか管理職も教委も、教員の保護者との接触は望んでいないように思えます。

学校の多忙化を理由に、家庭訪問(わざわざ家庭にあがる必要性はさておき)をなくしたり、懇談会がその学年が始まってかなりたってから行われたり、といった具合です。

教員が舌禍事件を起こしたり、個人情報を漏らしたり、保護者と不適切な関係になったときに、責任をとるのが怖いのでしょうか。そういう可能性もなきにしもあらずですが、教員がしっかりと保護者と信頼関係を築くのはそれ以上のメリットがあると思います。

よくいわれる研修は対応策になるか

不適切な指導をしないために研修をもっとやれという意見もありますが、その研修を企画するのも教委です。ようはなんにも知らない人が独断に基づいて行う研修になってしまうので、世間の要望とマッチしないのは火を見るより明らかでしょう。

日本の教育は、出る杭を叩く

とくに平均からかなり特出した聡明さをもっているような子供は、嫌われます。教員の不備を本質的に指摘しますから。そんな子供は叩かれます。これは会社でも同じではないでしょうか。私も大企業を辞めてしばらく経つのですが、改善されているのでしょうか。個性に応じた報酬(金銭以外でも)をしっかりと払っているのでしょうか。

ただし、学校の場合は、教員の評価にしても、学校経営の評価にしても、あまりにもあいまいです。そもそも会社とちがい、その存在の目的もあいまいですから。

暴言の目立つ教師がなぜ守られるのか

なぜ管理するのかという問題にもなってきてしまいますが、教員は学級崩壊というレッテルをはられることを極端に嫌います。そのためには暴言も致し方ないという雰囲気があります。和気あいあいとしていてもゆるくしまりのないクラスと、恐怖政治を敷いているクラスがあるならば、後者のほうが圧倒的に評価が高くなります。

子供どころではない 研修と書類が多すぎる

教委がなにか対応をすればよいという意見もありますが、そもそも教委が問題が起こるたびに、いちいち仕事を増やさなければ、もう少し子供や保護者とコミュニケーションをとれる時間はできる気がします。

私も管理職に訴えたことがありますが・・・

逆ギレされました。

学校がする対応には、内輪的には合理性があります。木村教授と学校にもう少しコミュニケーションをとれる時間があればこんなにこじれなかったのにと思いますが、この教訓は生かされぬまま忘れ去られる気がします。憲法論議のように。

中沢 良平(元小学校教諭)

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