長谷部誠のCOOマインド 〜 CEOへと足りないもの

杉山 崇

W杯大会公式FBより:編集部

サッカーW杯ロシア大会をベスト16という成績で終えた日本代表も帰国しました。そして、本田圭佑、酒井高徳らが今大会での代表引退を表明しています。中でも長く日本代表の中心メンバーだったMF/DFの長谷部誠の引退発表が注目されています。

長谷部は2010年南アフリカW杯から2014年ブラジル大会、そして多くの感動を残した2018年ロシア大会と3大会連続で日本代表キャプテンを務めました。日本サッカー史上、稀に見る実績です。長友佑都、吉田麻也ら同僚選手からもそのキャプテンシーを讃え、引退を惜しむ声が留まりません。

類まれな長谷部のキャプテンシー

長谷部のキャプテンシーは勝ち抜けを決めたポーランド戦の途中出場での役割に集約されていると言えます。0-1負けのままゲームを終わらせて、得失点差とフェアプレーポイントの差での勝ち抜けを狙う策は様々な物議を醸しました。ただ長谷部のキャプテンの仕事としては非常に光るものがありました。ゲームを終わらせる策は事前のプランになく、完全な即興だったと言われています。

また選手は試合に出れば勝ちたいものです。ましてこれまでアピールの場がなかった控え選手が攻撃の中心です。疲労はあるにしても、このままゲームを終わらせたくない選手もいたはずです。その中で長谷部が途中出場して監督の意図を言葉とジェスチャーで伝えると、チームが一つになって時間かせぎをはじめました。西野監督の策にも驚きましたが、長谷部の統率力にも驚かされました。

長谷部は最高のCOOマインドを持つかもしれない

では、なぜ長谷部はこのような統率力を発揮できたのでしょうか?筆者は別稿でも長谷部がCOO(最高執行責任者)的なマインドを備える類まれなサッカー選手と考察していますが、ここではより詳しく考えてみたいと思います。

筆者には長谷部はCOOとして活躍するためのマインドを文字通り最高に備えているように思えます。COOはCEO(最高経営責任者)が描く経営戦略を執行する役割です。必然的にCEOの戦略を誰よりも理解して、責任を持ってこの戦略に全面的に協力できるマインドを持たなければなりません。長谷部がこのマインドに優れることはW杯ポーランド戦で監督の策を即座に理解してチームに浸透させたことあらも明らかです。

仮に単に監督に協力するだけのキャプテンだったら、メンバーは自分のアピールのチャンスを逃すような指示に従わなかったかもしれません。ここが長谷部が最高のCOOマインドを備えていると考えられるポイントなのですが、以前のスポーツ専門誌のインタビューで「(監督にも同僚にもチームにも)真面目に」という信念を語っていました。言い換えれば同僚にも監督同様に協力する姿勢を続けてきたのではなかと思われます。

人は協力してくれる人に協力する

たとえば、プレー面では浦和時代はオフェンシブな役割なので「俺が!」というマインドもある選手ですが、ドイツでプレーするようになってからは本職のボランチだけでなく右サイドも献身的にこなしました。現所属のフランクフルトでは守備の要であるリベロとしても活躍していました。ロシアW杯でもオフェンスではゲームメイクに優れる柴崎岳や香川真司の、ディフェンスでは吉田麻也、昌子源らのサポートに徹していました。おそらく、練習でもミーティングでもこの姿勢を貫いていることでしょう。つまり、常に「みんなに協力」しているのです。

人は自分に協力してくれる人に協力します。強権なだけのリーダーは反感を買い、本当に大事な時に協力してもらえません。イザという時に自分が頼ることになる実力者たちに、日頃から協力することで本当に大事な時に皆を一つにまとめることができるのです。すなわち、組織のミッションを高い集団凝集性(組織が一つにまとまる力)を持って執行できるのです。

CEOにはCOOにはないマインドも必要である

サッカー選手としてだけでなく組織人としても優れる長谷部なので、独で所属したボルフスブルクもフランクフルトも引退後はフロント入りを望んでいると言われています。しかし、長谷部本人は引退後も監督などサッカーに関わることを望んでいると公言しています。

仮に監督だとしたら、COOよりCEOに近いマインドが必要です。CEOにはCOOにはないあるマインドが必要です。それは、自分の戦略を魅力的に語り、人を惹きつける力です。長谷部は、ある意味でこの力を封印して最高のCOOマインドを発揮してきたと言えますが、人は確信を持つ人に惹きつけられ、より協力しようという遺志が育ちます。COO的なマインドだけではCEOやサッカーの監督は務まりにくいでしょう。

ただ、聡明な長谷部のことですから、もしかしたらすでにその事に気づいているかも知れません。優秀な監督のもとでCEOとして必要なマインドを蓄積しつつあるかもしれません。

まとめ

私達はサッカーでは長谷部のようにプレーできませんが、私達が生きる組織の中では長谷部を参考にまずはCOOマインドで、その時が来たらCEOマインドで実力を発揮したいですね。サッカーは見て楽しむだけでなく、生き方を学ぶ教材にもできそうです。

杉山崇

神奈川大学人間科学部教授・心理相談センター所長

心理学者・心理マネジメント評論家

脳科学と融合した次世代型サイコセラピーの研究やTV・雑誌などマスメディアでの心理学解説で知られる

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