バルカン諸国が中国の戦略拠点に

長谷川 良

ブルガリアの首都ソフィアで7日、「16プラス1」首脳会議が開催された。「16プラス1」はバルト3国、東・中欧、そしてバルカン諸国の16カ国に中国が参加した経済的枠組みだ。同会合の狙いは、財政的に脆弱なバルカンや東欧諸国が中国との経済協力を深めていくことにある。ソフィア会議は7回目。中国からは李克強首相が参加した。

▲ギリシャのピレウス湾港風景(Nikolaos . Diakidis氏、2011年5月6日撮影)ウィキぺディアから

▲ギリシャのピレウス湾港風景(Nikolaos . Diakidis氏、2011年5月6日撮影)ウィキぺディアから

首脳会談に平行して開催された経済フォーラムには250の中国企業を含め約1000の企業が参加し、インフラ、技術、農業、観光分野で中国との連携強化について話し合われた。

欧州連合(EU)の本部ブリュッセルでは東欧やバルカン諸国で活発な経済活動をする中国について「EUの統合を破壊し、欧州での政治的影響力を強化する狙いがある」と警戒心が強い。

中国の李首相は7日、「中国はオープンで繁栄するEUを願っている。それは中国の国益にも合致する。わが国は欧州の統合を支持している」とブリュッセルからの批判をかわす一方、「わが国は輸入税を低く抑える考えだ。持続する世界の経済成長を保証するためには自由貿易が必要だ」と強調した。
ちなみに、「16プラス1」では、11カ国がEU加盟国、5カ国が未加盟国だ(ブルガリア、クロアチア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スロベニアのEU加盟国11カ国と、アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、モンテネグロ、セルビアのEU非加盟国5カ国)。

ここにきて、中国とバルカン諸国との関係が急速に深まってきている。「民族の火薬庫」と呼ばれ、多民族間の紛争が絶えなかったバルカン諸国に中国が進出し、巨額の投資を行っている。

中国は現在、習近平国家主席が提唱した新しいシルクロード構想「一帯一路」を推進中だ。巨大なインフラ・プロジェクトで中国と64カ国、アジア、アフリカ、欧州を連結する。バルカン諸国はその中で欧州への回廊の役割を果たしている。

バルカン・ルートは中国にとっても戦略的な意味合いが大きい。米国の民間シンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)の研究によると、「16プラス1」の枠組みで中国は2016年、17年の両年で94億ドルの商談を締結した。中国銀行は昨年1月、東・中欧諸国への金融センターの支店をベオグラードに開いている。

例えば、セルビアやボスニア・ヘルツェゴビナは長い民族紛争で産業インフラは破壊されたが、それを復旧するための経済力がない。中国の経済力に期待するバルカン諸国と欧州進出を図る中国側の狙いがここにきて一致してきた。双方が“ウイン・ウイン”というわけだ。

EU加盟を模索するセルビアや他のバルカン諸国に対し、欧州の企業は投資に消極的だが、中国は経済基盤の弱いバルカン諸国と次々と商談をまとめている。例えば、ベオグラードとブタペスト間の高速道路網やギリシャのピロイス湾(Piraus)の整備・管理にも参加している、といった具合だ。

CSISの研究によると、北京は過去2年、アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、モンテネグロ、そしてセルビアといったEU未加盟国に50億ドルを投資している。未加盟国は地域間格差是正を目的としたEU構造基金の恩恵を受けられないだけに、中国の投資は大歓迎だ。

成功したプロジェクトはギリシャのピレウス湾岸の近代化への投資だろう。ギリシャ政府は2016年4月、同国最大の湾岸都市ピレウスのコンテナ権益を中国の国営海運会社コスコ(中国遠洋運輸公司)に売却している。中国は約6億ユーロを投入した。同湾港は今日、欧州の10大湾港に数えられている。同湾港は欧州進出への窓口だ。

もちろん、ギリシャ側も中国の貢献に感謝するだけではない。EUが国連で中国の人権蹂躙問題で非難声明をしようとした時、アテネは拒否し、妨害したことはよく知られている。

ところで、ドイツ前外相、ジグマール・ガブリエル氏は2月17日、独南部バイエルン州のミュンヘンで開催された安全保障会議(MSC)で習近平国家主席が推進する「一帯一路」(One Belt, One Road)構想に言及し、「民主主義、自由の精神とは一致しない。西側諸国はそれに代わる選択肢を構築する必要がある。新シルクロードはマルコポーロの感傷的な思いではなく、中国の国益に奉仕する包括的なシステム開発に寄与するものだ。もはや、単なる経済的エリアの問題ではない。欧米の価値体系、社会モデルと対抗する包括的システムを構築してきている。そのシステムは自由、民主主義、人権を土台とはしていない」と警告を発している(「独外相、中国の『一帯一路』を批判」2018年3月4日参考)。

東欧諸国の中ではポーランドやルーマニアは中国の投資に対して懐疑的だ。例えば、ポーランドでは欧州選手権(EM)の開催前、高速道路を建設するプロジェクトが「16プラス1」の枠組みで推進されたが、中途半端に終わったからだ。ルーマニアでも2基の原子力発電所建設を中国側と締結したが、プロジェクトは進行していない。すなわち、中国企業の信頼性が問題だというわけだ。

なお、メルケル独首相は9日、ベルリンで李克強首相と会談する予定だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年7月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。