「知的な人がとる5つの態度」を考察する

2018年07月18日 06:00

こんにちは!肥後庵の黒坂です。

Books&Appsで140万PVものアクセスを叩き出している、とてつもない人気記事「知的であるかどうかは、五つの態度でわかる」を見直してみました。最初にリリースされたのは2015年とかなり前ですが、未だに同サイト内でアクセスランキング1位という「お化け記事」です。

今回はこの記事の内容を引用しながら知的な人がとる5つの態度について取り上げたいと思います。

 知的な人は異なる意見から学ぶ

知的な人は異なる意見を尊重するが、そうでない人は異なる意見を「自分への攻撃」とみなす

とあります。知的で冷静な人は自分と異なる意見を持っている人の考えを尊重し、傾聴の姿勢を見せるが、そうではない人は「攻撃を受けた」という解釈になると述べています。

多くの人は「自分は正しい」という前提に動いています。ですが知的な態度の人は「自分が認識している世界はあくまで主観であり、世界は多様であるから異なる意見を持つものは当然に存在する」ということを「知識」として持っています。であるからして、相手の意見を尊重する態度に繋がるわけで、これは知性がなければ出来ない行動です。

一方で知的な態度でない人についていえば、自分と同じ意見を持っていない相手を「驚異」と見做します。自分と異なる意見を突きつけられた場合、感情的にムカッと来て思わず反論してしまうのです。人間は感情的に行動し、論理的にその行動を正当化する傾向があります。知的でない人は感情的に腹を立てて、「あのような物言いをするような人のいうことなど正しいわけがない!」と論点のズレた人格攻撃を展開してしまったりするものです。

また、自分と同じ意見からは得られるものは少ないですが、異なる意見からは多くを学ぶことが出来ます。相手が自分と違った意見を持っているケースに遭遇した時は成長のチャンスになるわけです。知的な人とは成長意欲の高い人たちですから、自分とは異なる意見に対しても温和に受容することで、彼らはますますその知性に磨きをかけることになるわけです。

知的な人は未知との遭遇を喜ぶ

知的な人は、わからないことがあることを喜び、怖れない。また、それについて学ぼうする。そうでない人はわからないことがあることを恥だと思う。その結果、それを隠し学ばない

世の中のすべてを知る人間は存在しません。知識や情報はまさに膨大であり、歴史とともにどんどん分野の細分化がなされています。「2020年にはわずか73日間で医学知識は倍になる」という見積もりをする研究者もおり、科学の進展とともに世の中の知識や情報量はどんどん増えています。このような社会では、幅広く薄く知っている「雑学王」より、特定分野を深く知っていることで「その道の専門家」として価値提供をしてお金を得ることが出来ます。

世の中の知識や情報は一人の人間が理解出来る分量ではない、という現況を把握していれば、知らないことは恥ではないという結論にたどり着きます。否、上へ行くほど世の中の広がりを感じるので、「自分が知ることが出来る知識や情報には限界がある。知らないことは実に多い」と謙虚さを覚えるわけです。また、知的な人は「必要なことはその都度、学べばキャッチアップ出来る。」という自身の知性への自信があります。

反面、知識を持っていない相手に対峙した時に「えー?こんなことも知らないのか?」という言葉が出てくるのは極めて稚拙な反応であり、世界の知識や情報量を把握していない態度を露見してしまっていると感じます。そして「新しいことが出てきてもついていけない」という自信のなさでもあると思うのです。

この態度にもまさに知性の有無が出てしまうと思います。

知的な人は会話の責任が話し手にあると考える

知的な人は、教えるためには自分に「教える力」がなくてはいけない、と思っている。そうでない人は、教えるためには相手に「理解する力」がなくてはいけない、と思っている

かねてより私が心に持っていたもやもやした感覚を、大変きれいに言語化してくれた同氏へ感謝の念を送りたいと強く感じる一文です。素晴らしい!

話というものは徹頭徹尾、語り手側に責任があると思っています。

「面白い話か?つまらない話か?」

「聞いている相手が理解出来る内容か?」

「速度は適切か?」

「表現は分かりやすいのか?」

という点などにおいてです。話の舵取りをするハンドルを握っているのは語り手側しかありませんから、聞く側はそれをありのままに受け止める他はないのです。ですので、誤解して話が伝わり、相手が理解出来ないのであればそれは100%話し手に問題があると思います。

相手が誤解するなら数字や比喩を使う努力をして、理解が出来なければその分野の相手の理解度の確認を怠った態度を反省するべきなのです。具体的には、話の速度を緩め、より優しい表現を使うなど、努力するべきは常に語り手であって聞き手ではありません。その責任が負えないならそもそも語り始めるべきではないと考えます。

「俺様の話を理解できないのは相手の理解力がないから」と考えるのは、自分の話は理解してもらえる形になっていて、分かりやすいはずだという前提に立脚した傲慢な態度と言わざるを得ません。まさに知性の有無はこの態度に如実に現れるものと考えています。

…ですのでこの記事の内容が分かりにくいと思ったら「俺は読解力がないのか?」と思わないで、「黒坂の書き方が悪い」と思ってくれて100%問題ありません(笑)。

知的な人は損得抜きに知識を尊重する

知的な人は、損得抜きに知識を尊重する。そうでない人は、「何のために知識を得るのか」がはっきりしなければ知識を得ようとしない上、役に立たない知識を蔑視する

知識の本質を理解していれば、自分にとって役に立たない知識を軽視する態度にはなりません。人生を変えるには行動が必要、そして行動には知識が必要(過去記事)にも書きましたが、人が行動する源泉は知識によるものです。最初に知識ありき。そこから疑問が生まれ、探求し、そして行動へと繋がります。そして知識というのは組み合わせることで価値を生むものです。

経済学者のヨーゼフ・シュンペーター氏は「イノベーションとは異なる知識の組み合わせから生まれる」と言っています。小難しい理論書と、子供が夢中になる漫画が出会って成功した「もしドラ」なんかもそうですよね。「難しいビジネス理論書×萌えキャラが漫画で優しく伝える」という2つが組み合わさったことで、同書は2013年に255万部を突破するメガヒットを飛ばしています。

今、この瞬間、自分の役には立たない知識は、組み合わせのシナジー効果で将来どんな恩恵をもたらしてくれるのかは想像もつきません。ですので、どんな知識も損得抜きに尊ぶべきであり、損得だけで知識と向き合う態度は知識の本質を理解できていない、表層的な視野の持ち主であることを示すものと言えます。

知的な人は人を批判する時に相手の成長を促す

知的な人は、「相手の持っている知恵を高めるための批判」をする。そうでない人は、「相手の持っている知恵を貶めるための批判」をする

人間関係とはすなわち、相互扶助関係です。これに例外はないと私は強く信じています。ビジネスにおける経営者と従業員の関係とは、対等なビジネスパートナーであり、お互いに支え合うWin-Winの関係です。また、恋人もお互いに相手を愛する気持ちを交換し合う、やはり相互扶助関係が構築されていると思うわけです。

「自分の持っている能力や知性を社会に役立てたい」と考えている態度も何より知的さの現れであり、人を批判する時にも「こうしたらもっと良くなるよ」という相手の知恵の発展に繋がるために、自分が持っている能力や知識の提供を行います。その積み重ねが社会貢献であり、自分自身を活用して社会を良くする活動の一環と思うわけです。

他方で相手の持っている知恵をバカにして批判するのは、建設的な意見を出せない知性の欠如の現れだと思います。また、社会の発展より自分自身の地位や、立場の確保を第一義的にしか考えられない余裕の無さからくる未熟さと考えます。

以上、ズラッと列挙してみましたが同氏の展開は極めて本質であり、強く共感できるものと思えました。周囲で成功しているビジネスマンや、社会的に高いステージにいる人達はみな驚くほど5つの態度で物事に臨んでいるように感じます。

黒坂 岳央
フルーツギフトショップ「水菓子 肥後庵」 代表

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黒坂 岳央
フルーツギフトショップ「水菓子 肥後庵」 代表

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