政府の児童虐待防止緊急総合対策についての解説

18日水曜日の早朝、自民党の児童虐待特別委員会において、児童虐待八策を要望してきました。

保守色が強いと言われる議員の方々も来られていましたが、子どもの命を救いたい、という思いは左右を問わず同じなのだな、ということを改めて感じました。

さて、昨日20日の閣僚会議において、児童虐待防止緊急対策が閣議決定されました。

「児童虐待防止対策の強化に向けた緊急総合対策」

「児童虐待防止対策の強化に向けた緊急総合対策のポイント」

その内容について解説を行います。

サマリー

緊急対策のポイントは以下。

・児童相談所の児童福祉司を2019~22年度に約2000人増員するなど児相の体制強化に向けた新プランを策定

・虐待通告を受けても48時間以内に子どもに会えない場合、原則立ち入り調査を実施。必要に応じて援助要請。

・保育所などに通っていない子どもの情報を自治体が集約し、所在を確認

・児童相談所と警察との間ての情報゙共有ラインを明確化し、全国ルールとして徹底

・弁護士の常勤配置に向けた財政支援

・在宅育児支援(ショートステイ等)の強化

・ICTの活用

児童福祉司の大幅増員について

平成29年度現在において、児童福祉司の数は3,253人。

(出典:厚生労働省子ども家庭局

それが4年間で+2000人ということは、約1.6倍。1年間で15.3%の増員です。

これまでの児童福祉司の推移は、年間約100人ずつ程度(3%)の増員なので、単純計算で5倍の増員規模となります。

我々の児童虐待八策でも、1番目に児相の人員強化を謳っていたので、そこが実現したのはとても良かったなと思いました。

ただ一方で、児童虐待対応件数を見てみましょう。

平成26年度〜28年度の3年間の平均伸び率は約18%です。

15%の増員は決定したが、案件は18%で伸びている、という状況だと、児童福祉司一人当たりのケース数は、「同じか微増をキープする」程度に留まります。

現在、児相のマンパワー不足で十分にケースに時間が避けない状況が続きますが、この規模だと「さらなる悪化」は食い止められそうなことは歓迎すべきことですが、「現状維持」に留まってしまうことになる可能性があります。

児童福祉司の増員だけでなく、人口規模で比較するとイギリスの半分しかない、児童相談所そのものの増設が必要ではないでしょうか。

また、下流の児童相談所に案件が流れ着く前の段階、上流の市区町村においてソーシャルワーク体制を充実させ、上流でケースの悪化を予防することが重要なのは、データを見れば火を見るよりもあきらかです。

今回の緊急総合対策でも、市町村重視の観点が入れ込まれたのは重要で、市町村側だけでなく、児相側にも市町村連携担当児童福祉司を置くプランの内容になっているのは評価できるでしょう。

48時間以内の面会ルール

これまでも「通告受理後、原則48時間以内に子どもの様子を確認する」ルールは存在していましたが、今回の対策で「全国一律で」ということと「確認できない場合は立ち入りましょう」というルールが追加されました。

今回の結愛ちゃんのケースも「親が会わせない」ことで、子どもに面会できなかったことが、虐待死を食い止められ無かったことに繋がったので、必要なルール化だと思います。

一方で、旧ルールでも「通告受理後、原則48時間以内に子どもの様子を確認」しないといけなかったので、品川児相は1月のケース移管(=通告としての扱い)の後、48時間以内に結愛ちゃんを目視しなくてはなりませんでした。

しかし品川児相は48時間以内に家庭訪問をしてはいませんでした。また、2月に親には会っていますが、結愛ちゃんには会っていません。

つまり、旧48時間以内ルールは守られていなかったのです。(注)

48時間以内に子どもに会いに行くマンパワーが無かったのか、その重要性を判断する専門性が無かったのか、独自に国のルールを歪めてしまうカルチャーがあったのか、そのすべてなのか、検証しないと分かりませんが、現場でルールが守られなければ、絵に描いた餅になってしまいます。

よって、この新ルールを徹底的に守ってもらえるように。もし守れないなら何が要因で守れないのか、要因を突き止め、修正して行く継続的な営みがセットになっていかないと、この新ルールも旧ルール同様に現場の倉庫に眠ったままになっていくでしょう。

(注:児相職員の方にヒアリングしたところ、転居の場合に48時間ルールが適用されるかどうかは「曖昧な状況」だそうです。リスクの高いケースの場合は、通常の虐待通告と同様48時間ルールを適用するよう、厚労省は明示化する必要があるでしょう。)

保育所等に行ってない子を自治体が把握

これは僕自身、昨年の12月から、子ども子育て会議等の有識者会議で言い続けてきたことだったので、このタイミングで政策化したのは驚きでした。

どうせ「幼児教育無償化」するなら、「義務教育化」を

保育園にも幼稚園にも行っていない3〜5歳児は約20万人。

この子たちは、行政や福祉からは「見えない」存在になっているので、虐待の発見は遅れてしまいます。

現在も、この20万人の子たちがどうしているのか、という統計は存在していません。

今回の緊急対策で、市区町村がしっかり把握してくれるのであれば、これまで「見えない」存在であった子どもたちに光が当たることになります。

児童相談所と警察との間での情報共有ラインを明確化

これまで約3分の1の児童相談所は、警察との虐待情報の共有の基準すらありませんでした。

そこに全国一律の明確な基準を設け、警察と情報共有をしていこう、という姿勢はとても良いと思います。

内容も、(1)虐待・ネグレクト・性的虐待ケース (2)48時間以内に子どもと会えないケース (3)一時保護や施設に措置したケース とおおむね妥当な範囲ではないか、と思います。

しかし、児童虐待八策でも訴えてきた、「警察内での児童虐待専門チームを設置する」ということが入っていないことは、非常に残念です。

警察は児童虐待や児童福祉に詳しいわけではありません。かつてDVという言葉が認知される前は、殴られて交番に駆け込んだ女性たちに「夫婦喧嘩で警察来ちゃダメだよ」と言い放つ警察官がいた、ということをDV支援団体さんから聞いたことがあります。

また、性犯罪においても、被害者の女性に、どんな体位でされたのか、ということを聞く男性警察官もいます。

このように、専門性の無い警察官が被害者を追い詰めたりすることは、福祉と関わる領域では特に注意しなくてはなりません。

児童虐待部門においても、構造は同じです。児童虐待について学び、専門性を蓄積したチームが児相と連携して動いていく、という形にならなければ、個別に勝手に動いて、ケースが台無しになる可能性もあります。

ぜひ警察庁におかれましては、大阪府警の児童虐待専門チームの動向などを参考にして頂きながら、主要都市における児童虐待専門チームの設置の検討に急いで頂けると嬉しいです。

弁護士の常勤配置に向けた財政支援

児童虐待八策でも提案していた弁護士の常勤配置について、財政的裏付けとともに記述頂けました。

親子の分離を行う際に、後で親から訴えられるリスクを感じ、児相職員はどうしても及び腰になってしまいます。しかし、ケースを深く知る弁護士がチーム内にいることによって躊躇せず親子分離が可能になります。

福岡市児童相談所等でも効果をあげている常勤弁護士配置が進むことで、子どもの命を救う力が強化されていくことが期待できます。

在宅子育て家庭支援(ショートステイ等)の強化

ショートステイやトワイライトステイは、夜間やお泊まり、数日間等の短期間、子どもを預けられる仕組みです。

子育てに煮詰まってしまって、2、3日子どもと離れた方が良い、というケースは多くあり、そんな時にショートステイ等を活用できれば、本当にまずい状況になるのを防げます。

しかし、このショートステイ等の社会資源は、地域で圧倒的に不足しています。

たとえば、東京都の中央区でショートステイを利用したいと思った時には、新宿区か練馬区の施設に行かなければ使えません。

わざわざ他の区にまで行かないといけないのだったら、非常にハードルが高く、使えないわけです。

こうした社会資源の充実は、虐待予防に大きく貢献するでしょう。

ICTの活用

以前、いまだにFAXで情報共有している状況を指摘させて頂きました。

児童相談所はなぜFAXで子どもを探しているのか

こうした指摘を各所から受け、FAXから「メーリングリスト」へと一歩踏み出して頂けたのは良かったです。

ただ、メールも見落としたりするので、本来はデータベースが望ましいわけで、メールに児相職員の方々が慣れていく中で、データベース導入について検討を進めてもらえたら、と思います。

なお、今回、「より効果的な情報共有システム」や「事案の緊急性をAIを活用して判断する仕組み」について初めて言及してくださったので、児童虐待八策で提起したかいがあったと思いました。

まとめ

短期間のうちにこれだけの対策を打ち出して下さった、政府関係者の皆さんに、心よりお礼を申し上げたいと思います。

この間、厚労省の当該部署とは頻繁にやり取りさせて頂きましたが、行間からいっぱいいっぱいな感が滲み出ていらっしゃり、非常に多くの労力がかかったことは容易に想像できます。

一方で、これはあくまで対策なので、「現場にちゃんと落ちるか」ということが非常に重要です。

国民が関心を持ち続け、現場が思うように動いていなかったら、それを即座に直す、という不断の努力がなければ、この緊急総合対策は絵に描いた餅になり、現場でたくさんの結愛ちゃん達が命を落とし続けることになります。

来年4月は統一地方選です。国民が子ども達のために動く政治家を選ぶチャンスも近づいています。声を出せない子ども達の代わりに、我々大人が、声をあげ続けることが期待されているのでは無いでしょうか。


編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2018年7月21日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。