政治問題化するエジルの独代表辞任

サッカーのドイツ代表の1人、MFメスト・エジル(Mesut Ozil) が22日、ドイツ代表を辞任すると表明し、その理由として「独サッカー連盟(DFB)内の人種差別主義( Rassismus)と 尊敬心のない無礼な言動」を挙げたことが明らかになると、DFBばかりか、ベルリンの政界にも大きな波紋を投じている。

▲ドイツ代表のエジル選手(ウィキぺディアから)

▲ドイツ代表のエジル選手(ウィキぺディアから)

▲エジルの独代表辞任を受け、公式声明を出したDFB(2018年7月23日、DFB公式)

▲エジルの独代表辞任を受け、公式声明を出したDFB(2018年7月23日、DFB公式)

カタリナ・バーリー司法相(社会民主党=SPD)は同日、「エジル選手がDFBで人種差別主義の犠牲となり、もはやドイツ代表と感じることができなくなった、という表明は大きな警告シグナルとして受け取るべきだ」とツイッターで述べている。

事の発端は、エジル(29)ともう1人のトルコ系代表、MFイルカイ・ギュンドアンが5月中旬、大統領選挙戦中のトルコのエルドアン大統領と会見し、ユニフォームをもって大統領と記念写真を撮ったことだ。それが報じられると、「ドイツ代表の一員として相応しくない」という批判が高まった。2人をロシア大会に連れて行くのはよくない、といった声すら聞かれた。

事態が険悪化したのは、ドイツ代表がロシアのワールドカップ(W杯)でグループ戦を最下位で敗北という歴代最悪の結果に終わり、ドイツで敗北の責任を追及する声が挙がったことだ。メディアや一部サッカー界から独代表の“敗北の主犯”としてエジルの名前が頻繁に報じられた。エジルの家族は彼に、「そんな代表チームから辞退すればいい」と激怒したばかりだ。エジルはこれまでドイツ代表として92試合に出ている。2014年のW杯ブラジル大会ではドイツの優勝に貢献したことはまだ記憶に新しい。エジルは現在、英プレミアリーグのアーセナルFCに所属。

エジルは代表辞任声明(英語で書かれている)の中で「試合に勝てばドイツ人として称賛され、敗北すれれば移民系選手として罵倒される」と少々皮肉を込めて自嘲し、DFBのラインハルト・グリンデル会長への批判を強めている。

エジルとエルドアン大統領の写真が報道されると、DFBとそのスポンサーはその後のPR活動でエジルを外したことから、エジルはDFBには“望まれていない選手”と感じたという。「友達のルカス・ポドルスキやミロスラフ・クローゼは決してドイツ・ポーランド人とは呼ばれないが、自分に対してはドイツ・トルコ人と呼ぶ。自分がイスラム教徒だからか」と問いかけている。

エジルの代表辞任について、ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は「メルケル政府が推進する難民・移民の統合政策は空論に過ぎないことを実証した」と指摘し、エジルの代表辞任というタイミングを政治的に利用し、メルケル政権批判を高めていく気配を見せているほどだ。

一方、ハイコ・マース外相(社会民主党)は「ロンドンに住むミリオネアの社会統合云々は問題にはならない」と一蹴する一方、人種差別主義の指摘に対してはシリアスに受け取らざるを得ないことを認めている。

エジルは、「家族の出身国の最高指導者に尊敬を払うという意味で会見した。自分はトルコ大統領に会見したのであり、エルドアン大統領ではない」と弁明し、「自分はサッカー選手であり、政治家ではない」と述べている。

それに対し、ドイツ野党「同盟90/緑の党」のジェム・オズデミル議員は、「それは余りにもナイーブだ。エルドアン大統領は国内で強権をもって多くの反体制派政治家、活動家、人権活動家、ジャーナリストを弾圧している。それを無視して単にトルコ大統領への尊敬を払ったという説明は理解できない」と指摘する一方、「W杯前後のDFBのグリンデル会長やチームのマネージャー、オリバー・ビアホフ 氏の危機管理がまずかった」と説明している。

与党「キリスト教民主同盟」(CDU)のパウル・ツーミアク青年部代表も同じように、「選挙戦中にエルドアンと会見するのは如何なる弁明があっても余りにもナイーブだ。会見には政治的意図がなかったとは考えられないからだ」と指摘している。

ちなみに、ドイツだけではなく、トルコでもエジルの代表辞任は様々な波紋を投じている。トルコのメフメト・カサポール青年スポーツ相はツイッターで「我々はエジルの決定を心から支持する」と書き、アブドゥルハミト・ギュル法相は、「代表チームを去ることで、ファシズムというウイルスに対して最も美しいゴールを決めた」とエジルを称賛しているほどだ。

サッカーの国際試合の場合、FIFA(国際サッカー連盟)は試合前に「われわれは人種差別主義に反対する」という幕を掲げるが、その人種差別主義によって代表が辞任に追い込まれたとすればDFBは信頼を失墜することになる。
特に、ドイツは2024年欧州サッカー選手権の誘致国の候補に名乗り出ている。「誘致はこれで難しくなった」という声すら出てきている。
DFBは23日、「人種差別主義はまったく事実ではない」ときっぱり否定し、エジルは社会統合の模範だった選手だ。DFBは今後もさまざまな国の出身者の統合を支援していく考えだ」という声明を公表している。

なお、エジルは、「自分はドイツ代表のユニフォームを誇りと感動を持って着てきたが、今はそうではない。代表辞任表明は非常に厳しい決定だった。なぜならば、代表チームの仲間やトレーナーたち、そして多くのいい人々がいたからだ」と記している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年7月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。