欧米の刑法では同性愛も近親相姦も罰していた

2018年07月28日 12:00


LGBTが話題になると思い出すのは、学生時代に受けた刑法の平野龍一先生(のちに学長)の講義だ。平野先生は日本の刑法で諸外国の常識と違って欠如している犯罪がふたつあるといい、それは、近親相姦と同性愛なのだが、理由がまったく違うと仰った。

つまり、近親相姦は法律の条文に書くのも憚れるくらい日本では忌避されているので犯罪とされていない。逆に同性愛は、日本人は罪悪などと考えていない、つまり、罰する必要など認めないから刑法に定められていないのだと仰った。

そのときは、そんなものかと思ったが、のちに、フランスに留学したり勤務して、同性愛についての価値観が揺れ動き変化しているのを目の当たりにして、いつも、平野先生の講義を思い出した。

ドイツの刑法典175条は、男性同性愛を禁止していた。ビスマルクによるドイツ統一からまもない1871年に制定され、ドイツ再統一後の1994年まで施行された。

第175条 反自然的なわいせつ行為は、男性である人の間でなされるものであるか、獣との間で人が行うものであるかを問わず、禁錮に処する。これに加えて、公民権の剝奪を言い渡すこともできる。

フランスでも、ヴィシー政権以来、「自然に反する行為」として同性愛は犯罪とされていたが、1982年7月にロベール・バダンテール法相らの提案で刑法から削除された。私がフランスに留学してENA(国立行政学院)にいたのは、1980年から82年6月までだったから、法案について議論されている時期であり、その経緯は良く憶えている。

また、現在でも、 ILGA(国際レズビアン・ゲイ協会)によると世界の73ヶ国でLGBTによる同性愛行為を取り締まる刑法があり、場合によっては死刑になることもある。

欧米におけるこの問題についての厳しい攻防の話や人権侵害として論じられることがあるのは、そういう歴史があるからだというのは、少なくとも知ったうえで議論しないとミスリーディングになる。日本も欧米と同じ程度に差別があったというのは、ありえない。

そういう意味では、「LGBTに対して日本の対策は遅れている」などと欧米から言われると、「少し前まで逆だったのに、よくいうよ」という気分がする。

犯罪としてではなく、結婚についても、親子はともかくも、異母兄妹とか叔父叔母と甥姪の結婚はなぜいけないのかだって、自明の理ではない。優生保護上の観点で説明されてきたこともあるが、この方面の常識もかわりつつある。韓国では「同姓同本」間の結婚がついこの間まで禁止されていた。

ドイツの連邦憲法裁判所は家庭内弱者の保護と近親交配の抑制のために近親相姦罪には理屈があり(親子や兄弟姉妹が性的関係を持つと最高で2年の懲役刑が課せられる)、合憲だという判決を2008年にだしている。

しかし、ドイツ政府の倫理委員会は、血の繋がった兄妹または姉弟の結婚を合法化することに、賛成の評決をして次のように述べている。

「欧米で報告されている兄弟姉妹間の近親相姦の例は少ない。しかし、その当事者たちは、刑罰があることで非常に苦しい状況に追いやられている。彼らの基本的人権は保障されておらず、彼らは兄弟姉妹間の男女の愛情を否定せざるを得なくなっている」

近親相姦で子供が生まれた場合、遺伝的リスクが高くなるのは確かだが、優生保護の考え方に基づく強制避妊が問題にされている昨今の価値観から言えば、それのみの理由で近親間の性行為や結婚を否定できないかもしれない。

また、大家族のもとでは、伯父叔母と甥や姪が一緒に暮らすことは希であり、その意味からも規制の合理性が揺らいでいる。

これについて、朝日新聞は社説で、

「さまざまな性的指向を認めれば、『兄弟婚を認めろ、親子婚を認めろ、それどころかペット婚や、機械と結婚させろという声も出てくるかもしれません』という主張に至っては、噴飯物というしかない」

などと書いたが、このふたつは密接に関連したものであることは否定できないのではないか。また、「遺産相続をペットにしてもいけないのか」という問題もある。

いずれにせよ、価値観が変化していくと一世紀あとにはどんなことが起きているか予想しづらいが、いちばん大事なことは、絶対的な真理などないのであるから、不条理な差別もやるべきでない。逆に、変化に躊躇する意見を魔女狩り的に封殺するのも感心しないと私は思う。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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