善人より悪人のほうが救われるのは本当か?

2018年07月31日 06:00
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写真は向谷さん。許可のうえ使用しています。

「兄ィちゃん、浄土がどこにあるんや?あるかないかわからんもんを、どうやって信じろいうんや」缶ビール片手に、一発カマすヤクザ組長。「おっしゃることはよくわかります」あわてず騒がず、さらりと受け流す青年僧・親鸞。ミスター煩悩VS浄土からの使者の人生をめぐる対話の行方は?本書は小気味よいテンポで展開されていく。

今回は、『親鸞がヤクザ事務所に乗り込んで「悪人正機」を説いたら』(KKベストセラーズ) を紹介したい。著者は、向谷匡史さん。ベストセラー作家であり、浄土真宗本願寺派僧侶、保護司、日本空手道「昇空館」館長をつとめている。善人よりも悪人の方が救われるという『悪人正機』説で知られる浄土真宗・宗祖・親鸞の教えが理解できるのが特徴。

それは縁起の誤用です

「翌日の昼過ぎ、わし、いつものように事務所に顔出した。このあとサウナ行って、馴染みの鮨屋で軽く腹ごしらえして、クラブまわりして、気にいった女をつれて朝までアフター。わしの日課や。遊んで暮らしとるように見えるやろけど、好きでやっとんのとちゃうで。これも仕事のうちや。額に汗して働いとってみい。カタギにナメられてまうがな。せやからわしは夜ごと札ビラ切ってクラブをハシゴして見せとるいうわけや。」(組長)

――その後、1人の坊主が訪れる。名前は親鸞。組長は親鸞に尋ねる。「なんで事務所に来たんや?」すると親鸞は「縁起です」と答える。組長は「そない縁起がええのんか?」と返すと、親鸞は「それは縁起の誤用で間違いです!」と答える。

「縁起とは因縁生起の略です。仏教の根本原理をなすものです。字のとおり“縁によって起こる”という意味ですが、“縁起がいい”とか“縁起が悪い”というのは仏教から生まれた言葉ではありますが、本来の意味とはまったく違うのです。」(親鸞)

――「ほう、それは知らんかった」。うっかり相づちを打ったのがマズかったと組長。親鸞の説法が止まらない。「因縁の“因”は直接原因、“縁”とは間接原因のことです。たとえば花が咲いているとします。どうして咲くのでしょうか?」とつづける。

「タネがあるからに決まっとるやないか」と組長。「タネだけで咲きますか?水や土、光などさまざまな条件がそろわなければ咲きません。これらの間接的な条件が“縁”というわけです。花はさまざまな因縁によって咲かせているのです。花はたとえで、すべての存在は縁起の中にあるということです。お釈迦さまは、『華厳経』において、『重々無尽』と説いてらっしゃいます。これを『一即一切、一切一即』と言います。」(親鸞)

ヤクザと仏教とのコラボ

――著者の向谷さんには、ヤクザの実戦心理術をテーマに多くの著作がある。僧籍があることから、仏教書も十冊を超えている。ヤクザと仏教とのコラボ、それが本書である。また、執筆動機について次のように答えている。

「高級仕立てのダークスーツを着こなし、謙虚だが明瞭で、意志を的確に伝える話し方をする。話題も国内外の政治·経済から歴史、人生論と多岐に渡り、腕にはめた超高級時計とクロコの靴に気がつかなければ、一流ビジネスマンで通るだろう。『自分たちはカタギとは違う価値観に生きている』という強烈な自負が彼らにはある。反社会的勢力と呼ばれ、社会の敵と位置づけられながらも矜持を持つ理由を、そこに見る。」(向谷さん)

「現実世界を自力で生き抜くこの組長に親鸞が対峙して、『生かされている』という仏義を説き、さらに『悪人正機』を説いたどうなるか。ヤクザを煩悩が凝縮された世界に見立て、これを写し鏡として仏法を説く手法である。」(同)

――本書は、仏教や親鸞に興味はあるが、内容について詳しくは知らないという人を念頭に、入門書として書かれている。あの世から還ってきた親鸞とイケイケのヤクザ組長が激突する!はたして、煩悩の塊に「絶対他力」「悪人正機」の教えは通じるのか。いままでにない小説形式で綴る異色の仏教入門書。ぜひ味わってもらいたい。

尾藤克之
コラムニスト

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