杉田議員が想像できない ⁈ LGBTの病院と家族における問題

2018年08月04日 06:00
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mathiaswasik/flickr(編集部)

杉田議員の、LGBTに対する「生産性」発言が物議を醸してある程度の時間が経過しました。

杉田議員は、問題となった「新潮45」に寄稿した「LGBT支援の度が過ぎる」と題された文章中で、「そんなにLGBTは差別されているでしょうか? 自分の友人であれば、たとえLGBTであろうと、偏見無くつきあえます」という旨の発言をされており、日本社会はそもそも同性愛に寛容であり、それほど大きな問題は無いという論旨が示されていますが、現状では、婚姻制度などの社会制度において、「異性愛者と同等の権利」を与えられている訳ではなく、実生活において不利な状況に置かれているのは明らかです。

例えば、病院という空間においても、LGBTの方々が抱える問題をいくつか挙げることができます。入院生活をはじめとする病院という空間では、「家族」という存在が一定の重要な役割を果たします。患者さんの治療などの方針決定について、当人の意思が第一なのはもちろんのことですが、同時に、「ご家族の意向」も、わが国においては、同じくらいの重要性を持っています。四六時中、身の回りの世話をしたり、病院に同行したりといったことは、多くの場合家族が担っていますから、その希望がそれなりに尊重されるということは、ある意味必然的でしょう。

わたしは、現在は画像診断医なので、患者さんのベッドサイドに行くということはほぼありません。入院患者さんを担当していたのは、10年以上も前のことになりますが、その頃は、患者さんご本人よりも、家族の意向が尊重されるような場合もありました。

当時は、皆が自分の病気についてインターネットで調べられるような時代でもなかったし、当時の一般的な生き方の価値観も影響したのか、「自分のことについて、何を選択すればいいかわからない」という患者さんが多く、治療法や延命などの重要な決定についても、自然と「ご家族の意向」が尊重されるような結果となっていたのです。

病院における「家族」の役割とは、医者の説明に同席したり、緊急連絡先をいただいて急変時に連絡をして駆けつけていただいたり、あとは、患者さんの人生の締めくくりである「お看取り」の時に病室で同席していただき、一緒に最期の時間を過ごしていただくことなどがあげられます。いよいよ最期が近づくと、医療従事者は席を外し、「家族」のみで部屋で過ごされるよう配慮することもあります。

わたしがベッドサイドで患者さんを診察していた頃は、例えLGBTのパートナーがいたとしても(カミングアウトする人もほぼいませんでしたが)、「家族」ではなく「友人」としての扱いにしかなりませんでした。ゲイの患者さんの入院率が高いHIVなどの感染症病棟(医学的には、厳密には「ゲイ」という呼称ではなくMSM: Men who have Sex with Menという言い方を用い、HIVなどの感染症のハイリスクグループとして考えます)でも、患者さんへの説明にパートナーが同席することはまずなく、ひとりであったり、親が同席したりしていました。パートナーであっても、病院において「家族」として生きることは不可能に近かったのです。

以前よりもLGBTへの理解が進んだ現在では、都市部の病院では同性パートナーの認知が進んでいると思いますが、それでも、当人たちが言い出しづらい状況はまだまだあると思いますし、地方では全く理解がない状況もあるでしょう。

また、病院でも、患者の個人情報管理には年々厳しくなっていますから、「友人」に対して重要な話をするのは躊躇されるところです(もちろん、患者本人の了解がなければ、戸籍上の家族に対しても情報の開示は一般的にはできません)。渋谷区のパートナーシップ証明書のような公的証明があれば、今後、病院における理解もすすめやすくなるかもしれません。

また、今回は大きくは触れませんでしたが、「男性」「女性」というカテゴリーに分けられた病院という共同生活の場所では、入院生活そのものに様々な困難が伴うであろうことは想像に難くありません。

このように、「病院」という場所を切り取っても、LGBTの人々は依然として大きな困難を抱え、現状では、「支援の度が過ぎる」状態ではないように思います。勿論、杉田氏のような意見も多様性という観点から、きちんと受け止めなければなりません。個人的には、このような考えも、「決して許すべきではない」とは思わず、一つの「意見」として尊重されるべきものだと思います。

しかし、これまで何人かの論者がさまざまな媒体で指摘しているように、杉田氏の主張はベースになるようなデータや具体的事例に乏しく、理論の組み立ても粗く、「Tは病気だが、LGBは性的嗜好だ」「メディアがLGBTと騒ぐから、男か女か自分でわからないと思う高校生が出てくる」などの文言からも、非常に雰囲気的な主張のように見受けられ、それが極めて残念なところです。

なお、本稿は、「生産性」の観点とは異なった部分からLGBT問題を扱っていますが、こういう問題もあるということで、ご容赦いただけると幸いです。

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松村 むつみ
放射線診断医、メディカルライター、アゴラ出版道場二期生

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