数百万人に実施された母体血を利用した胎児の染色体異常診断

2018年08月16日 06:00

「New England Journal of Medicine」誌の8月2日号に「Sequencing of Circulating Cell-free DNA during Pregnancy」というタイトルの論文が掲載されていた。妊娠中の血液(血漿)中に含まれるDNAのシークエンス解析についての総説だ。妊婦の血液(血漿)には、胎児由来(胎盤由来)のDNAがわずかに紛れ込んでいる。この母体血の血漿からDNAを取り出して、シークエンス解析することによって、胎児の染色体レベルでの異常を診断していく方法である。以前は羊水を取り出して(今も半数くらいは羊水を利用していると推測される)、その中に含まれる胎児細胞を調べていたが、この母体血を利用する方法が一気に広がっている。

2017年後半までで、すでに推計4-6百万人の妊婦がこの診断を受けたとのことだ。第21番染色体、第18番染色体、第13番染色体トリソミーの検出率は、それぞれ、97%、93%、95%と非常に高い。誤診率は、0.1-0.3%であったと記載されていた。方法としては、得られたDNAを選別せずにシークエンスする方法と、特定の遺伝子領域だけをPCR法で増やしてからシークエンスする方法の二つが主に利用されている。最近では、染色体異常以外の一つの遺伝暗号の変異によって起こる遺伝性疾患に対しても応用され始めている。

擬陽性(陽性と間違って診断されるケース)、偽陰性(間違って見過ごされるケース)もあり、その原因なども列記されていたが、自己免疫病やビタミンB12欠乏症などは、DNAの質に変化を与え、間違いが起きやすいようだ。また、がんのリキッドバイオプシーと原理的には同じであるので、偶発的にがんが発見される場合や、遺伝性のがんの遺伝子異常が見つかることもあるようだ。

このようなデータを考えれば、がんに対してリキッドバイオプシーが可能かどうかなどを議論をしていること自体が時代錯誤だと思う。技術的には血漿からDNAを取り出して、そのDNA解析をすることはさほど問題になるとは思えない。問題は、どのように検出感度を上げるのか、どこが検出限界なのかを知ることだ。

日本では新しいことに対して、懐疑的なコメントを発し、専門家であるかのようなふりをしてふんぞり返っている人が多い。新しい技術が開発され、実用化された時に、それがどれだけ社会に貢献するのかといったメリットを理解し、実用化する場合に何が問題なのか、課題があればそれらを克服するために何をすべきなのかを考える人が限られている。だから、日本発の診断機器、治療機器、治療薬が世に出ないのだ。

そして、「倫理的」と称して、全体像を把握もせずに問題点をあげつらって、医学の進歩を妨げる倫理学者もどきもたくさんいる。何も治療法がなく闇の中で生きているがん患者さんに対しても、安全性を過度に主張し、結果として見殺しにすることに加担していることに思いが及ばないのだろう。想定される利益と不利益を科学的に評価して、希望があれば、問題がないのかを監視して前に進めることこそ、人の道に適うのではないのか、と思っても、このような心の中の叫びは掻き消され、時として闇討ちを受ける。

患者や家族が望んでいても、すぐ前に死が迫っていても、100%の安全性の確保がされていることを求めるのが倫理的かどうか、私には疑問だ。外科手術であっても、100%安全であることが保証されているのが必要なら、外科医は患者さんを目の前にして立ちすくむしかない。

確立された手術法であっても、絶対の安全性が保証されないのが現実なのだ。正確な科学的な知識と考察に基づいた議論を「倫理的」に行ってこそ、真の倫理学者ではないのか?批判こそ命だと考えているメディアも、自分の主張に沿った意見は取り上げ、そうでないものを切り捨てる人が少なくない。「中立的」という言葉が虚しいことは、報道の実情からは明白だ。

上記の母体血による診断は、これまでの羊水などを利用する検査よりも、はるかに、母体にとっても胎児にとっても安全だが、日本ではその導入の際に大騒ぎとなった。

知識ギャップを埋めていくことが、日本の医療の進歩に不可欠だ。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2018年8月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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中村 祐輔
医学者、内閣府SIPディレクター

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