人生の主導権は誰の手に? --- 葛原 祥太

2018年08月22日 06:00

多様性。個人の発信力の拡大。
中央集権型から自律分散型への移行。

社会のパラダイムは確実に変化している。
そんな社会に子どもたちを送り出す学校教育はこの変化に対応できているのか。

いま社会で台頭している人たちは口を揃えて学校教育のあり方を問題視している。
いま、社会に新たな生き方を示している人物は、学校に在学中、真面目に勉強をしてこなかったという人も多い。

他方、真面目に勉強をして真面目に大学に入った子たちが苦しんでいる。
やりたいことが見つからないと。
そしてなんとなく入った会社でまた苦しむ。
自分の外側にある正解を押し付けられ続ける人生に嫌気が指してくる。

なぜこのような事が起こっているのか。

前者のような人たち。
つまり学校教育が敷いたレールを降りた人たちは、その後の自分の人生を自分で選択し、自分の力で進まなければならない状況に陥った。
この思考こそが、彼らの人生を輝かせるキッカケになったのではないか。

自分にしっかり向き合い、自分がどういきたいかということを考えること。
「何になりたいか」という職業観を超え、「どう生きたいか」という人生観に向き合い、自分で方向を決め、自分で歩みを進めること。進んで見えた景色からまた生きたいところを決めること。

つまり「自分の意志で自分の行動を決め、結果を受け止め、方向を修正し続ける」こと。
これは自分の人生の主導権を自分が握るために必要不可欠な思考と行動である。

一昔前までは、こういう思考と行動はなかなか成功しなかった。
だから学校教育はこういう思考と行動をさせてくれない。
こういうことを思いっきりするには、学校教育が敷いたレールから降りることが一つの近道だったりするのだ。

今社会で新たな生き方を示している人たちはこの構図がわかっている。
だから現行の学校教育を否定するのである。

現行の学校教育では「自分の意志で自分の行動を決め、結果を受け止め、方向を修正し続ける」機会が恐ろしく少ない。
皆無と言っていいほどに。

更に悪いことに、自分の意志を示し、自分で行動しようとする子どもたちを否定し、既存の枠の中に押し止めようとまでする。
今の教育は「子どもたちを疑い、任せず、認めない教育」だと言っても過言ではない。

こうして学校教育の中で子どもたちは自由に羽ばたく翼を折られ、線路から降りることに恐怖感を植え付けられ、自分の人生を自分で選び取る権利を奪われる。

これを言い過ぎだと感じるだろうか?

今の教育システムも、その中に子どもたちが自分の意志で自分の行動を決め、結果を受け止め、方向を修正し続けるという経験ができるようなプログラムがある。と言い切れる人はいるだろうか?

「子どもたちを疑い、任せず、認めない教育」からの脱却。
「子どもたちを信じて、任せて、認める教育」の創造。

そういう環境でこそ子どもたちは、自分を信じて自分の意志で行動を選択し、失敗も成功もすべて認め、力強く成長していくのではないだろうか。

葛原 祥太 教諭
子どもたちの自己学習力を覚醒させる学習法「#けテぶれ」を考案し、実践している小学校教師。アクティブラーニングを実現する #学習界マンダラ、論理的思考の柱となる #NKS思考法、徳性の基準となる #心マトリクス、 根本的な算数概念を育む #算数の幹など、オリジナル実践多数。

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