なぜ自民党を離党し、新党をつくったか。待ち受けていたことは

2018年08月23日 11:30

現役国会議員時代から続けている「福田峰之未来セミナー」を開催しました。11回目となる今回は、落選して初めての政治資金パーティーとなり、参加者も極めて少ないものと覚悟していましたが、想定を超える方々にご参加を頂きました。本当に感謝なのです。

これまでは、ゲストをお呼びし講演をお願いしていましたが、今回は福田峰之の思いを語る機会にしました。何故、離党したのか、希望の党は何だったのか、これからの政治はどうなるのか、こうしたことを伝える場とさせて頂きました。当面は学術の世界にいるけれども近い将来政治の世界に戻りたいと思っています。当日のスピーチ内容は下記に記しますのでご一読下さい。

≪未来セミナーでのスピーチ抜粋≫

本日は、「福田峰之未来セミナー」にご参加下さり、本当にありがとうございます。落選議員の政治資金パーティですから、そもそも1つ2万円という高額の参加費が、更に高く感じているのではないでしょうか。ハードルの高い会にご臨席下さったことに改めて感謝申し上げます。

何故、自民党を離党したのか

僕が離党した日を覚えていますか?11か月前、昨年の9月23日です。もうすぐ1年が経とうとしています。この間、僕が心がけていたのは自分自身を取り戻すという事、普通の人の目で社会を捉えなおすことです。

20歳で政治家の書生となって33年間、「地盤・看板・鞄無し」からスタートした政治家になるための積み上げや心がけ、例えば「相手に何を考えているか悟られるな」、「365日24時間社会につくせ」、「家族より後援会が大切」、「少数の犠牲者を出しても多数が良くなれば」、「勘定でトラブっても感情でトラブルな」とかです。出来上がったのは、自民党に尽くす感情のない集票マシーンです。

そして、小選挙区制度が始まって以来1度も衆議院議員をつくれていない選挙区でも自分なら勝てるという無意味な自信です。確かに比例復活当選を3回しましたが、4回戦った選挙で1度も小選挙区では当選できていません。過度な自信だったのです。自分を取り戻すとは、感情の起伏を呼び戻して、常に笑顔であり続け、おかしい事をおかしいと思える普通の心です。

自民党から出された1000人の自民党員を集める等のノルマ、全国にインターネット選挙を伝えるため数えられないほどの講演を全国で行う役職をやりこなし3期目の当選を果たした2015年、突如、3回目の比例重複立候補は認めないという取り決めが自民党の最終意思決定機関でなされました。「2回も落選しているのに衆議院議員を比例復活当選の名の下にやり続けているのはズルイ」というものでした。

選挙区には偏差値がある。どの政党で、どの選挙区で、誰を相手によって、当選するための困難度が異なる、と僕は考えます。それを一切無視して、「ズルイ」と言われたら、そして小選挙区のみ、重複立候補は認めないとされたら・・・。それは正に自分が成しえてきたことに対する全否定につながります。理不尽と思いますが、それが自民党です。だからこそ、政権を維持できると言い換えることも出来ます。

それでも、ゼロから始まって衆議院議員、内閣府副大臣までチャンスを与えてくれた自民党には感謝しています。自分が過去にやってきたことに対する否定、それが受け入れられない状況。これはどの世界も同じだろうけれど、自分は始めて味わった究極の状況です。既存のルールを変える変革・改革の難しさはここにあるのだと実感しました。

何故、新党をつくるのか

一方で社会に対する閉塞感、今、やるべきことの後回し、優先順位の不明確さ、この政治状況を打破するためには、政治に緊張感を取り戻し、選挙に強いだけではない政策本位の政治家が活躍できる環境をつくることが必要と判断したのです。その方法論の1つが政権交代可能な新党をつくることだったのです。

自民党時代に水素エネルギー政策を共に推進していた小池ゆりこ都知事から、「政権交代可能な改革保守政党をつくりたい」協力して欲しいと何度も声をかけられていました。「希望の党」という新たな政党を創設するというチャンスにかけて、政策の優先順位を変えるという外科手術にチャレンジすることにしたのです。

特に希望の党の公約責任者として政策づくりに力を入れ、再エネ中心、チャレンジ中心、デジタル社会中心、政策を通じて寛容な改革保守政党を国民に伝えようとしました。

結果は、ご存知の取りです。9月23日の離党、10月23日の落選、この1か月は正にジェットコースター、急に上がり、急に下がり、33年間の政治人生の中で、今まで未経験の超激動の1か月でした。

待ち受けていたことは

このチャレンジに待ち受けていたことは、ネットを中心とした批判、その批判者の全てが 今まで会ったことの無い人、支援者でない人からのものでした。そして、その批判の中で、事実でない事実がつくられていくということです。

インターネット選挙運動の伝道師であった僕が、想定していた通りの出来事が待ち受けていたという事です。ネット選挙運動を作り上げた当事者ですから、僕は気にもなりませんが、普通の人がやられたら「めげるだろうな」という感覚は得ました。

僕はいつもこう思っているのです。衆議院選挙は平均3年。2年11か月は選挙していないのです。与野党、支持不支持関係なしに良いものは取り入れ、ダメなものは止める。そこに差をつけたり、無視したりしてはいけないと。何故なら、支持者だけが納税しているわけではないからです。政治家も有権者も、敵味方は選挙の時だけで、後は寛容であることが本来の保守であるはずです。時代と共に保守の方が先鋭化してしまっているのではないと危惧しています。

小池ゆりこ知事と共につくった「希望の党」は5月7日に解散し、僕は選挙区を持たない保守系無所属になりました。一方で、自民党は、あれだけ大騒ぎをおこしたのにも関わらず、僕を除名にせず離党を認めてくれていました。極めて珍しいことですが、後で聞いた話では先輩議員がいつか共に仕事する日が来るかもしれないから離党で良いではないかと。除名は自民党に戻れませんが、離党は戻ることが出来るのです。

人生100年とプログラミングスクール

落選した後は、今しか出来ないことをやろう。今まで出来なかったことをやる時間にしようと心に決め活動してきました。人生の転換期は、心をリセットするためにお遍路に旅立つ人が多いようです。僕は自分の欠点である、「プログラムが出来ない、英語が堪能でない」を解決する時間に使おうと決心し、2か月間、プログラミングスクールに通ったのです。

そしてもう1つ意識したことがあります。それは「人生100」と言われて、どうやって後半戦を生きていくのか、というモデルの必要性です。53歳の新たな挑戦の第1は新党づくり、そして第2はプログラミングです。そこでわかったことは、政府の言うセカンドスクールは半端ですまないということです。

ITベンチャーを立ち上げる事を目的としてプログラミングスクールを運営している「スタートアップカフェコザ」は、昨年春に自民党IT戦略特命員会で視察に行った場所です。そのスタカフェにまさか自分が通うことになるとは思ってもいませんでした。

授業料4万円という破格な値段。そして住まいは民泊、コザに2か月間合宿しながらプログラムに集中する選択をとったのです。結果的に平日1日3時間、土日は休校で40日間の授業を受けるために、平日は1日9時間の勉強、授業を入れれば12時間。土日は復習、予習で12時間。ITの利活用に関する政策をつくっていた僕ですら、ついていくのに精一杯。53歳という年齢もあり、前日学んだことも忘れてしまうような状況でした。

自分の子供のような世代が先生でグループワークの仲間も同様。スクール生は、お互い肩書も、年齢も関係なく、純粋に学び、最後はその力だけで卒業制作であるWEBサイトを作るのです。人生100年の後半戦を新たな力を身につけながら、いかに社会に貢献し、納得の得られる人生を過ごすことが出来るのか、そこには経済力も必要となるのです。肉体労働系でなくデスクワークを望むならプログラムの能力は必需と思うのです。

新たな働き方とは

そこから見えてきた新たな働き方、人生の後半戦の過ごし方の実践舞台として「ハウツーワーク」という企業をプログラミングスクール卒業生と立ち上げました。卒業生有志に登録してもらい能力と時間に応じてプログラムの仕事をしてもらうのです。副業、専業、男女、年齢、何にも囚われずに自分のベストを好きな時間に尽くすというものです。

全員プログラミングスクール卒業生ですからどんな人かわかる、能力も人間性もわかる、仕事を出す側からすれば出しやすい状況にあるのではと考えています。プログラミングスクールが横展開すれば、登録する人も他地域にも広がるということになります。沖縄に住む人、北海道に住む人、四国に住む人、住まいはバラバラでもチームを作り一緒に1つのものを作り上げていく、一人の孤独で対応するのではありません。これも、1つのモデルかもしれません。

もちろん近い将来政治の世界に戻りたいと思っています。しかし、現状では、いつ、どの選挙区で、何の選挙なのかという事を発表出来る状況にはありません。この選挙に興味ないか、と声をかけられたりもします。

当面は、政治家としてというよりは、人間としてのレベルアップに時間を費やしていきたいと思います。そのうち、皆さんに「次はこれにチャレンジする」と宣言する時が来るはずです。それまでは多摩大学大学院ルール形成戦略研究所客員教授という立場で、社会をみて、そして政治活動も合わせておこなっていきたいと考えています。

あるべき国の姿

僕の思いは、デジタル社会に振り切り小さな政府で充実した社会保障の国にしたい。行きついたデジタル社会は家族、友人、義理人情、実はアナログが大切に出来る社会なのです。生産性が高まれば、早くに仕事を終えれば、家族でBBQをしたり、旅行したりする時間を増やすことが出来るのです。

IT化によって人が本来やらなくてはいけない部分に人を割りふることが出来る。AI化、IT化によって無くなる職業とか言われる昨今ですが、置き換えられるなら、置き換えれば良いのです。

行政手続き対応に追われる公務員が残業続きの日々。人手不足で、児童虐待相談は予約制で時間が来れば終わりになる。1日中母親からゆっくり話を聞いてあげなくては解決など出来るわけがないのに、人がいないからという理由です。働けない原因は何かの追求無しの表面上の生活保護者に対するサポート、これでは本質的な解決になりませんが、人手が足りなくて・・・。何かが違っています。

僕は人が中心の社会をつくりたいのです。その為にデジタル社会に振り切りたい。その思いは、僕の政治理念である「政治は太陽のようでなくてはいけない」に起因することでもあります。誰にでも太陽の陽は公平に降り注ぐ。陽が当たらない人がいれば、壁を壊し、穴を埋めることなのです。

追い求める社会像に対して、今貢献できることは貢献し、政治に戻らなくて出来ないことは整理して、後で解決していくつもりです。IT化は本来の人間を取り戻すための方策です。


編集部より:この記事は元内閣府副大臣、前衆議院議員、福田峰之氏のブログ 2018年8月23日の記事を転載しました。オリジナル記事をお読みになりたい方は、福田峰之オフィシャルブログ「政治の時間」をご覧ください。

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福田 峰之
前内閣府副大臣、前衆議院議員

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