次期首相候補?メイ政権を揺るがす保守党のEU懐疑派に注目

小林 恭子

(英国の邦字誌「英国ニュースダイジェスト」に掲載されている、筆者のコラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

英国の欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」)まで、あと約7か月になりました。

EUとの離脱交渉は10月までに終了している必要があるそうですが、「間に合うの?」と疑問が生じるような大迷走が続いています。

23日、政府はEUとの合意に至らずに離脱した場合、どのような事態が発生し、国民や企業がどんな準備をするべきかを説明する文書を発表しました。ドミニック・ラーブ離脱担当相は「合意形成はもっともありうる展開」としながらも、「別の可能性を検討する準備も必要」と述べました。この日カバーされなかった分野については、9月末にかけて順に文書を発表してゆく予定です。

現在、英政府とEUは合意に向けての交渉を続けていますが、「合意なし」も1つの選択肢に入れているということが分かります。

準備をする必要があることは理解できますが、「必ず合意を形成させる」という意気込みがやや不足しているようにも思えてしまいます。

最近の迷走について、ここで少々振り返ってみましょう。

主要閣僚が続々と辞任

7月6日、メイ首相は公式別荘「チェッカーズ」に閣僚全員を招集し、交渉に向けての政府の基本方針について合意を取り付けました。これまで離脱支持派と加盟残留派との間で割れていた政権が、ようやく一つにまとまったという感じがありました。

でも、その2日後にはこれまで交渉の最前線に立ってきたデービッド・デービスEU離脱担当相が辞任し、翌日には離脱派を代表するボリス・ジョンソン外相も辞任してしまいました。チェッカーズ合意がEUとの協調を優先した「ソフト・ブレグジット(穏健な離脱)」路線を明確にしたため、強硬派のデービス氏やジョンソン氏は閣内にとどまることが困難になったのです。

メイ首相は、関税同盟からも単一市場からも抜け出る、つまり「ハード・ブレグジット(強硬離脱)」を実現することを宣言していたのですが、40数年間も続いてきたEUと英国の関係を完全に断ち切るのは実際的ではなく、スムーズな離脱を求めるビジネス界からの意向もあって、強硬派からすれば「妥協」にも見えるソフト・ブレグジット的なチェッカーズ合意を選択せざるを得ませんでした。

(詳細な経緯については、「主要閣僚が続々辞任…イギリス政界にいま何が起きているのか」をご覧ください。)

リースモッグ氏の動向が焦点に

ジェイコブ・リースモッグ議員(公式FBより:編集部)

現在、メイ首相にとって、無視できない存在となったのが、平議員のジェイコブ・リースモッグ氏(49)です。

英南西部ノース・イースト・サマセットの選挙区を代表するリースモッグ氏は、2010年に下院議員として初当選。見た目は英国の絵本「ウォーリーをさがせ!」の主人公で眼鏡と頭髪が特徴的なウォーリーにそっくりです。

父親は「タイムズ」紙の元編集長で、一代貴族となったウィリアム・リースモッグ氏、母は保守党政治家の娘ジリアン・シェイクスピア・モリス。裕福な家庭に生まれ、幼少時は乳母に育てられた「乳母っこ」です。

名門イートン校からオックスフォード大学に進学し、大学の保守党系グループに所属。卒業後は投資銀行に勤務後、友人らと投資会社「サマセット・キャピタル・マネージメント」を立ち上げました。

1997年と2001年に下院選挙に挑戦しましたが、夢はかなわず、当選したのは2010年です。

その政治信条は党内でも最右派で、筋金入りのEU懐疑派です。敬虔なカトリック教徒で、同性婚には反対の姿勢を取りました。

富裕な家庭で育ち、名門校で勉強したリースモッグ氏は、上流階級に特有なアクセントの英語で、かつ一般的には使わない難しい言葉を使って話します。

「18世紀の価値観を持った議員」と呼ばれることもあるのですが、テレビの風刺番組に出演した際には、その古風さがおかしみを誘い、「面白いやつ」として国民に名前が知られるようになっていきます。

政治の波を作る

ただ、リースモッグ氏は単なる「面白いやつ」ではありませんでした。党内にある「欧州調査グループ」を率いる人物でもあるのです。

このグループには、約60人の保守党議員が参加しているようです。最近では、「国民全員が恩恵を受ける」ブレグジットが実現されるよう、政府にロビー活動をする組織になっています。

メイ政権のブレグジット交渉に不満を持つ保守党議員たちが政権への不信任案を出すには、48人の議員の署名が必要ですが、もしこのグループがリースモッグ氏の指揮の下でメイ首相に反旗を翻したら大変です。

7月12日に政府が発表した離脱方針の詳細をまとめた白書について、このグループは「これでは国民が選択した離脱にならない」と一蹴しています。数日後の16日には離脱に向けての関税法案が下院で可決されましたが、リースモッグ氏率いる強硬派による修正を受け入れた法案でした。

リースモッグ氏の影響力は日増しに大きくなっており、「将来の首相候補」という声が真実味をもって響くこのごろですが、本人は一貫して否定し続けています。

世論調査は?

最新の世論調査の1つを見てみましょう。

左派系高級紙ガーディアン用に調査会社「ICM」が行った調査によると、「次期の総選挙に勝つには、メイ首相が与党・保守党の党首であるべき」と考えている人が多いことが分かりました(ガーディアン、8月22日付)。

「いつ辞めるのか」と常に聞かれるメイ首相ですが、今のところ、トップの座を維持し続けています。

先のチェッカーズ合意をきっかけに辞任したジョンソン前外相は、保守党内では次の党首・首相候補の最大手ですが、ICMの調査では「ジョンソン氏が党首となった場合、次の下院選で保守党が勝利する」と答えた人は27%。「勝てない」という人は45%でした。「勝てる=プラス」、「勝てない=マイナス」と見て、それぞれの数字を足してみると、総合スコアは「-18」です。

同様に計算すると、リースモッグ議員のスコアは「-19」でした。

ほかの候補者も、軒並みマイナスのスコアです。ただ、調査対象となった人は、「現在閣僚ではなく、若くて能力のある人」なら「勝てる」と思っていることも分かりました。

しばらくはメイ首相の下で、何とかブレグジットを切り抜ける・・・これが最も妥当な線だと考えられているのでしょう。

「現在閣僚ではなく、若くて能力のある人」とはいったい誰なのでしょう?

ブレグジットの行方を見ながらも、ジョンソン氏、リースモッグ氏、そして「新人」の動きにも目を凝らしていた方が良さそうです。

キーワード 欧州調査グループ(European Research Group)

保守党内の調査組織の一つで、ブレグジットを調査対象としています。1992年ごろ、マーストリヒト条約の締結を通して、英国が欧州統合の動きに深く結びついていくことを懸念したマイケル・スパイサー下院議員により結成されました。BBCによると、総人数は現閣僚を含む約40~60人だそうです。


編集部より;この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2018年8月29日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。