南北国民の間で「中国脅威論」台頭

長谷川 良

新しいシルクロード(一帯一路)を提案し、アジアと欧州ばかりか世界と繋ぎ統合する広大なビジョンを提示した時、中国の習近平国家主席からは“未来を見通した稀な指導者”といった風格さえ感じたものだが、それも束の間、習国家主席の人気に陰りが差してきた。「一帯一路」に国家の再生を夢見てきたアジア諸国ばかりか、アフリカ諸国にとっても中国のビジョンが中国優先であり、決して他国の繁栄を実現するための利他的なビジョンではないことが判明し、次から次と同ビジョンから撤退、または腰が引ける国が出てきた。

新華社サイトより:編集部

欧州諸国ではメルケル独首相は毎年、中国を訪問してドイツ経済ばかりか欧州全体の経済に中国の投資を呼び掛けてきたが、「メルケル首相も中国の本性を理解し、かなり失望している」という声がベルリンから流れるようになった(「欧州でも中国の「スパイ活動」を警戒」2018年8月21日参考)。

知的所有権を無視し、産業スパイを通じて先端技術を奪うだけではなく、先端技術を保有する欧州の企業に触手を伸ばし、買収するなど、その経済活動は合法と不法を混ぜた手段を駆使した強権戦略だ。

興味深い世論調査が公表された。韓国ソウル大学の「平和統一研究所」(IPUS)が今月2日実施したもので、中国に対する好感度が国民の間で減少してきたことが明らかになった。すなわち、「朝鮮半島で中国共産党政府が南北両国の平和にとって最大の脅威」と韓国国民が認識してきたというのだ。

海外中国メディア「大紀元」(5日付)によれば、中国を脅威とみなす人が46%、北朝鮮は33%と、中国が北朝鮮を抜いて初めて最大の脅威ある国にのし上がってきたのだ。北朝鮮の場合、昨年の調査では64%だったから、ほぼ半減したことになる。文在寅大統領の3度の南北首脳会談、その融和政策の効果もあって国民の間で対北脅威説が後退したことが明らかだ。

それではなぜ中国の好感度が逆に減少したのだろうか。考えられることは、韓国政府が2016年、在韓米軍の高高度防衛ミサイルシステム(THAAD、サード)の設置を決定し、それに強く反発をする中国が対韓経済制裁を実施、韓国製品のボイコット、韓国への旅行中止などをしたことに、韓国国民が強く反発していることだ。また、中国軍用機が今年に入って韓国防空識別圏(KADIZ)に無断侵入する回数が増えてきたという報告もある。中国側の韓国蔑視政策に対し、韓国民は危機感と共に、中国への嫌悪感が強まってきたのだろう。

韓国の文在寅大統領、トランプ米大統領と会談(2018年9月24日、ニューヨークで、トランプ大統領のツイッターから)

それだけでない。韓国国民の中国好感度の減少の背後にはトランプ米政権の対中強硬政策の効果も無視できない。トランプ米政権は中国共産党政権の「統一戦線工作」の実態を暴露し、中国が世界制覇のためにさまざまな工作を実施してきたことを明らかにした(「「中国共産党」と「中国」は全く別だ!」2018年9月9日参考)。

ペンス米副大統領は4日、シンクタンクのハドソン研究所で講演し、中国共産党の過去の罪状を挙げ、厳しく批判したばかりだ。トランプ氏は「習近平国家主席はもう友達ではないかもしれない」とツイッターで発信するほど“習近平株”は急落してきているのだ。

韓国中央日報が5日報じたところによると、中国への警戒心は北朝鮮の住民の間でも広がってきている。北国民は中国のあからさまな経済活動に懸念を感じだしたという。金正恩朝鮮労働党委員長と習近平国家主席間の両国首脳交流が始まり、政治レベルでは両国関係は改善方向に向かっているが、国民レベルではその逆の傾向が出てきたのだ。

中国資本が広がり、市場や商店で流通する貨幣は中国人民元だけ、市場にあるものは日常品から食料品までほとんど中国製だ。そのうえ、「過去の羅先経済特区に進出した中国人投資家は朝鮮族が主だったが、今年に入って朝鮮族投資家は次第に減り、漢族資本家が北朝鮮の重要な事業体を買収してきた」(中央日報)という。だから、北朝鮮の住民が「わが国は中国の従属国となった」と感じても不思議ではないわけだ。

外交・政治レベルでは中国共産党政権を無視して朝鮮半島の政情安定も非核化も実現できないが、南北の住民たちは中国共産党政権の本姓を感じ取り、脅威を感じ出しているのだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年10月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。