徴用工判決がとどめを刺した天皇陛下訪韓の可能性

八幡 和郎

韓国の徴用工賠償判決での最大の影響かもしれないのは、文在寅大統領の国賓としての訪日と今上陛下による訪韓の可能性を完全に吹っ飛ばしたことかもしれない(もともとほとんどなかったが)。戦後の日韓関係の基礎を否定してしまった以上は、この問題の解決なくしては、不適切だからだ。

今上陛下と文在寅大統領(Wikipedia:編集部)

大正天皇は皇太子時代の1907年に大韓帝国を訪問されているが、昭和天皇は皇太子時代に台湾を訪問されているが、朝鮮は訪問されていない。

戦後の国交回復ののち、皇族の訪韓はFIFAワールドカップのときに高円宮ご夫妻が訪韓されているだけだ。

中国については、1992年に天安門事件後の国際的孤立に悩む中国の要請で天皇訪中が実現したが、その後の日中関係の改善に寄与したとはいえない。せいぜい、将来において、皇室制度について中国が批判する可能性を弱くしただけだ(それは意外に大事なことかもしれないのだが)。

天皇訪韓は歴代の韓国大統領の願うところで、とくに、李明博が強く望んだが認識が甘くて実現せず、それも竹島問題など民主党政権下での日韓関係悪化の伏線になった(李明博の本来の気持ちについては悪意はなかったと思うが)。

いずれにしても、いつか初の天皇訪韓はしなければならないのだが、そのためには、いくつもの条件整備が必要だ。たとえば、天皇陛下のことを「日王」などと失礼な呼び方をすることを民間報道も含めてやめるように韓国政府が保証するのは当然の前提だ。

日韓の歴史関係については、「韓国と日本がわかる 最強の韓国史」でも論じ、「中国と日本がわかる 最強の中国史」でも別の観点からも論じたのだが、中国は明治四年の日清修好条規の締結のときに、日本との関係は歴史的にも対等であったことを認めているので、韓国が日本の君主が「天皇」などと名乗ることは中国との関係でありえないとかいう論理は中国によって150年前に否定されているのである。

日本だって、盧泰愚大統領のときに人名などを日本読みでなく韓国読みに放送局などまで含めてした。

さらに、天皇陛下に日本統治について過去のお言葉や歴代総理の言い方を進めるようなかたちで謝罪させるべきではない。とくに、天皇が首相より踏み込んだかたちで歴史認識を語ることは象徴天皇制の建前からもはずれることであり、万が一にも陛下のご判断で一歩踏み込むなどあってはならないことだ(日韓関係に限らないことだが、昭和天皇の場合には、ご自身が国家指導者であったがゆえの特殊事情があったが、以降の天皇はすべて政治にはおかかわりになったことはないので、政府と違う立場からの意見の表明は論理的にありえない)。

しかし、韓国はそれでも歓迎するかどうかといえば、すぐには、そうはならないだろう。それどころか、韓国の大統領では、「謝らせてやる」といったのもいる。そういうなかで、韓国政府からあらかじめ、一歩進んだお言葉など期待していないという明確な約束があり、それでもいいと、韓国世論が納得していることは最低の条件だと思う。

それから、韓国における安全の保証が本当に確保できるかどうかも問題だ。それには、技術的な問題もさることながら、伊藤博文を暗殺した安重根を英雄として称揚しているようでは危なくてしかたない。

とはいえ、いつの日か、日韓関係が成熟した象徴として天皇訪韓は必要なことだ。しかし、慌てる必要はない。

日韓の関係に似たのは、イギリスと日本の関係だが、「英女王のアイルランド訪問と天皇訪韓の可能性」でも書いたとおり、アイルランド大統領が、初めてイギリスを公式訪問したのは2014年のことだ。1922年に自治が認められてから92年目のことである(正式独立は1937年)。2011年のエリザベス女王のアイルランド訪問に続くこの訪問で両国は、歴史的和解の一つの段階を迎えた。アイルランド大統領はアイルランド人兵士も多く祀られているウェストミンスター寺院の無名戦士の墓に詣でたが、これは、韓国大統領が靖国神社に参拝することに匹敵するものだった。

そういう意味では、戦後、まだ70年余である。慌てる必要はないが、皇太子殿下が在位されているあいだ、あるいは、終戦後100年あたりには実現できるといいと思う。

その実現を目標に、両国が慎重に条件整備を進めて行くとすればすばらしいことと思う。

韓国と日本がわかる最強の韓国史 (扶桑社新書)
八幡 和郎
扶桑社
2017-12-24