カショギ氏殺害:トルコのサウジ総領事館盗聴は合法?

長谷川 良

トルコのエルドアン大統領は10日、イスタンブールのサウジアラビア総領事館内で殺害された反体制ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(59)の殺害状況を録音した音声録音をサウジ、米国、英国、ドイツ、フランスらと共有したことを明らかにした。そのうえで「録音を聞いた者は犯行の実行者が誰か分かるはずだ」と強調した。トルコのメディアは捜査当局から得た情報を細切れに報道してきたが、トルコ当局は音声録音の存在を正式には明らかにしてこなかった。

殺害されたジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(ウィキぺディアから)

犯行から40日以上が過ぎたが、米国は依然、サウジに対する制裁を決めかねている。それに対し、エルドアン大統領は忍耐の限界だとばかりに犯行状況を録音した音声録音の存在を認めたうえで、サウジ側に最終通告を突きつけたというわけだ。

米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は12日、音声録音を聞いた者の情報として、「犯行の実行者の一人はリアドに電話し『任務が完了したことを上司(ボス)に伝えてほしい』と語っていた」と報じ、ムハンマド皇太子がカショギ氏殺害を命令したことを強く示唆する記事を掲載した。

サウジはカショギ氏殺人事件ではトルコ側の情報攻勢に守勢を余儀なくされてきた。犯行をいったんは否定したが、それが難しくなると、総領事館内での喧嘩によるアクシデントによる死、そしてイスタンブールに派遣された18人の特別団の殺人説まで認めてきたが、ムハンマド皇太子に容疑が及ぶことだけは懸命に回避してきた経緯がある。しかし、捜査網はいよいよ皇太子周辺に近づいてきた。音声録音の内容を詳細に解析する段階で皇太子の犯行が浮かび上がるのはもはや時間の問題だろう。

カショギ氏は総領事館に入った直後、ビニール袋を被され、窒息状況で殺された可能性が高まった。同氏の遺体はバラバラにされたうえで、化学液で溶かされ、下水に流されたというのだ。その犯行は残虐だ。

ここで少し立ち止まって考えたい問題がある。エルドアン大統領自身が音声録音の存在を認め、それを主要関係国と共有したというが、誰がその音声を録音したのか。トルコ側が録音したと考える以外にないだろう。すなわち、トルコは自国内の外国公館内(治外法権)で盗聴装置を設置していた可能性が高まるわけだ。明らかに国際条約に違反するものの、当方が知る限りでは、サウジの犯行を厳しく糾弾する声はあるが、トルコ側の不法盗聴についてはどの国も表立っては批判していない。

「殺人」とその殺人を暴露した「盗聴」とではどちらが不法かと聞かれれば、前者は凶悪犯罪だが、後者も不法行為と言わざるを得ない。トルコ側はここにきて初めて音声録音の存在を認めたが、なぜ事件発生直後に発表しなかったのだろうか。トルコ側は録音の内容をメディアに流すだけで、その音声録音の存在は認めてこなかった、なぜならば、盗聴を認めれば、トルコ側も不法行為をしてきたと糾弾される恐れがあったからだ。

それではどのようにして犯行現場を音声録音したかが問題となる。考えられるやり方は、①総領事館内に盗聴器を設置、②スカイプでリヤドと犯行現場とのやり取りを傍聴、③アップル・ウォッチによる録音などが考えられる。その中で①と②がもっとも現実的なやり方だ。トルコ当局はメディアに②と③の可能性を示唆する情報をリークしてきたが、それは①の盗聴に疑いが向かないように意図的に流したのだろう。

どの国でも自国と対立したり、国益で衝突している国の大使館や公館には盗聴など様々な方法で監視していると考えて間違いがない。トルコにとってサウジは中東・アラブ諸国の覇権争いをしているライバル関係だ。何らかの監視が行われたとみて間違いがないだろう。

米国家安全保障局(NSA)はメルケル独首相の携帯電話を盗聴し、会話内容すら傍聴できる時代だ。サウジ総領事部内会話盗聴するのは困難ではない。特に、ガショギ氏の場合、トルコ側は同氏の婚約者(トルコ人)を通じてカショギ氏が何時にサウジ総領事館を訪問するかなど詳細に事前に分かっていたから、盗聴はさらに容易だ。

国際メディアはサウジの反体制ジャーナリスト殺人事件に強い関心を注いできたが、トルコ捜査側の不法盗聴に対してはあえて無視してきた感がある。トルコ側が盗聴していなかった場合を考えれば、多分、カショギ氏の動向は分からず、行方不明ということで事件は迷宮入りしたかもしれない。トルコ側の盗聴行為の助けで殺人事件の状況が明らかになった。結果論からいえば、国際社会はトルコ側の努力に感謝しなければならないかもしれない。

しかし、大使館や領事館など外国公館への盗聴行為に市民権を与えれば、今後様々な不祥事が生じることにもなる。サウジだけではない。他の国の大使館や公館でも今後、トルコ側の盗聴を警戒する動きが出てくるだろう。

例を挙げる。シャーロック・ホームズが殺人容疑者と考える家に不法に侵入し、容疑者の書斎から犯行を実証する物件を見つけたとする。裁判で裁判官は必ず聞くだろう。「あなたはどこでそれを手に入れたのか」と。シーロック・ホームズは「容疑者(被告)の自宅に不法に入り、証拠物件を見つけた」とは言えない。そのような事を言えばその瞬間、証拠物件は破棄されるからだ。だから「容疑者の家を訪問した時、家の鍵はかかっていなかった。不思議に思って入ったところ、今回の物件が書斎のデスクの上にあったのを見つけた」と虚言する以外に他の選択肢はないわけだ。

同じように、カショギ氏殺人事件に対するトルコ側の対応でも言えるかもしれない。トルコは国際社会で信頼を落とす危険性はあるが、その代価を払ったとしてもサウジに致命的なダメージを与える絶好のチャンスと考え、エルドアン大統領は今回、音声録音の存在を認め、他国と共有したわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年11月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。