ムハンマド皇太子と金正恩委員長

長谷川 良

突然、ひらめいたことだが、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(33)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(35)はほぼ同世代の指導者だという点に気が付いた。歴史や文化圏はまったく異なるが、両者は予想外に似ているのだ。

カショギ氏殺人事件で批判にさらされるムハンマド皇太子(ウィキぺディア)と「板門店宣言」に署名した金委員長(南北首脳会談プレスセンター提供)

そこで両者の酷似点を考えた。ムハンマド氏は2017年6月、父親サルマン国王から王位継承者の皇太子に昇格した。一方、金正恩氏は父・金正日総書記から帝王学を学び、父親の死後(2011年12月)、金王朝の世襲3代目の指導者に就任した。

両者は就任後、政敵やライバルをことごとく粛清し追放していった。ムハンマド皇太子はサウジの近代化を標榜し、それに反対する王室関係者を粛清し、追放し、必要ならば牢獄に送った。金正恩氏は2013年12月、中国の支持を受けて政権転覆を図っていたとして叔父・張成沢元国防副委員長を処刑するなど、強権政治は親族関係者まで及んでいった。

最近では、ムハンマド皇太子は10月2日、自身の改革路線を批判する反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(59)をイスタンブールのサウジアラビア総領事館内でリヤドから派遣した特別キラー部隊によって殺害させ、遺体をバラバラにして、化学液で溶かし、残りを下水に流して処分させた。

金正恩氏は昨年2月13日、異母兄の金正男氏(45)をマレーシアのクアランプール国際空港でキラーの2人の女性を使って毒薬が沁み込んだ布を顔にかぶせられ、殺させた。

「カショギ氏殺人事件」も「金正男氏暗殺事件」も犯行は非常に残虐だ。両件とも実行犯は別だが、命令を出したのはムハンマド皇太子であり、金正恩氏であることはほぼ間違いない。

トルコのエルドアン大統領が犯行時の音声録音を公表したことで、ムハンマド皇太子への追及の手が及ぶ可能性が出てきたが、サウジ検察は皇太子への関与を否定する一方、実行犯を逮捕し、死刑にすると表明している。実行犯はサウジで処刑され、口封じされるだろう。同じことが、金正男暗殺に関わった北朝鮮工作員にも言える。彼らは生きていれば、いつ真相が漏れるか分からないから、金正恩氏は口封じのために既に工作員の殺害を命じたはずだ。

繰り返すが、両殺人事件はよく似ているのだ。ムハンマド皇太子と金正恩氏の犯行動機は、いずれも自身を批判する者の抹殺であり、殺人場所は国外、実行犯は特別部隊、最後に実行犯の処刑まで、犯行から関係者処分まで全てが互いに連絡を取りあいながら実行したのではないかと思えるほど、酷似しているのだ。

ムハンマド皇太子も金正恩氏も本来は“新しい時代”の“新しい指導者”として登場したはずだが、その政治スタイルは旧態依然というより、一層残虐で強権政治だ。自身のためには蛮行でも躊躇することなく実行する行動派だ。新しい時代の新しい独裁者の誕生だ。

一方、オーストリアで昨年12月、セバスティアン・クルツ氏が31歳の若さで首相に就任し、フランスでは同年5月、39歳でフランス大統領に選出されたエマニュエル・マクロン氏など、国際社会は若い政治指導者の台頭が見られた。カナダでもジャスティン・トルドー氏が2015年に首相に就任する(当時43歳)など、世界各地で若い政治家が国家のかじ取りを担ってきた。

まとめると、混乱する21世紀を主導すべき若き政治家たちが台頭してきたが、その一方、ムハンマド皇太子、金正恩氏という新しい独裁者が既にその凶暴性を発揮してきているわけだ。

時代が一層混乱し、方向性を失っていけば、時代を主導できる独裁者待望論が出てくるものだ。一方、世界最大の宗派、キリスト教会では「自分はメシア(救世主)だ」と宣言する自称キリストが至るどころで出てきた。時代の混乱時には独裁者と偽キリストが台頭してくるわけだ。そのような中で、正しい選択を下すのは容易ではない。現代人が直面している状況は想像以上に深刻なわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年11月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。