平成の挽歌としての貴乃花夫妻離婚

2018年11月27日 21:00

平成最大のスポーツ界のスターであった貴乃花と、やはり、平成という時代を生きた女性にとっての花形職業だった女性アナブームの立役者だった景子夫人の離婚は、幕を下ろそうとしている平成という時代の終焉に奏でるにふさわしい挽歌のような気がする。貴乃花親方(現在は花田光司と呼ぶべきだが貴乃花で通す)の引退、貴景勝の初優勝に続き、景子夫人の離婚とあいかわらず、話題に事欠かない。

ル・クール社サイト、Wikipedia=編集部

その貴乃花が十両に昇進したのは1989年、つまり平成元年のことであり、宮沢りえとの婚約騒動は1992年、つまりバブル崩壊の直後だ。そして、1995年に横綱となり、同年、フジテレビの人気アナウンサーだった河野景子さんと結婚した。

「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!おめでとう!」小泉首相が絶叫したのが2001年で引退はその翌々年だった。
若貴などといわれていたファミリーに暗雲が立ちこめたのは、2005年に父親の双子山親方が亡くなってからで、協会での立場は基本的には悪く、北の湖理事長時代には一時的によくなったが、その死とともにぎくしゃくし、貴ノ岩問題での奇行もたたって、ついに引退に追い込まれた。

アゴラの読者は知ってのとおり、私は親方としての貴乃花には徹底的にネガティブである。
横綱としての名声と資金力にものを言わせながら、力士のスカウトにも育成にも努力が足らなかった。女将さんも住み込みで力士たちのおっかさんとして面倒を見る伝統を嫌い、自宅は別で、親方も通勤する時期が長く、女将さんもめったに部屋に姿を現さなかった。

もちろん、古いやり方に限界がきているのも確かだったが、貴乃花部屋が新しい相撲部屋のロールモデルを体現していたわけでなく、無責任な伝統の破壊者であるだけだった。景子夫人がタニマチとのお付き合いやマスコミ対策での功績はあったが、相撲部屋でいちばん大事なおかみさんとしての役割を果たしていたとは聞かない。

中野時代の旧貴乃花部屋(Wikipedia:編集部)

部屋の運営でも暴力事件の続発など疑問が多く、また、ようやく最近になって関取が出てきただけで、優れた実績とは言いがたい。九州場所での貴景勝の優勝を貴乃花親方の功績のように言う人もいるが、普通に考えれば、移籍したらすぐに優勝できたというのは、それまでの部屋がダメだったからとみるべきだ。

貴乃花部屋では午前6時前から朝稽古が始まったが、千賀ノ浦部屋は他の部屋同様8時からで、関取衆は9時ごろからだそうだ。これでは稽古で疲労困憊してしまうのも無理ない。

貴乃花部屋の九州場所宿舎が置かれたのは田川市で、会場から1時間以上かかったが、千賀ノ浦部屋は約30分だった。貴乃花親方がタニマチとの関係を力士のコンディションより優先していたということだ。また、怪しげともいわれる特異な人物とのお付き合いも跡を絶たない。そもそも兄や母親との諍いの原因になったのは整体師の存在だったし、協会幹部だったときは、日本相撲協会の元顧問で裏金授受などの背任行為によって解雇され係争中の人物との親密さが際とされた。

その他、交友関係にも、疑問符がつく人が多いし、巨額の借金も噂されている。

週刊誌報道によると、以下のようなことだという。

①2000年にIT株に大金をつぎ込んだ結果、数十億円ともいわれる借金を抱えたという報道があった。

②引退時のご祝儀などで5億円の収入があったが、借金は残り、タニマチの経営者に肩代わりしてもらった。

③5億円ともいわれる豪邸を建設したことも重荷になり、2008年に中野新橋にあった部屋の土地、建物をタニマチに売却し、そののちも格安で貸りて部屋を存続。しかし、2人は決裂。

④2016年、江東区東砂の賃貸物件に部屋を移転。改装費は、自宅を担保に銀行から借りる。

⑤タニマチ制度を廃止し、サポーター制度を導入したが、うまくいかず、タニマチの多くも撤退。

(週刊FLASH 2018年10月16・23日合併号から要約)

こういう惨憺たる状況でも人気は相変わらずで、ワイドショーなどマスコミは貴乃花夫妻を甘やかし続け、貴乃花と対立するまともな人たちを誹謗中傷し続けた。

大横綱が協会の主導権をとるべきだという北の湖理事長のもとで、将来の理事長に意欲を見せ、改革者として持ち上げる馬鹿な識者やマスコミもあったし、将来の期待から一門を形成したこともあったが、一門の親方達からも見放され、理事の座も失った。

そして、にっちもさっちも行かなくなって廃業することになったようだ。

両親の離婚後、長男がブログに昔の写真をアップ(花田優一氏公式ブログより:編集部)

離婚については、靴職人でタレントの長男について、「職人一筋で行け」という貴乃花とタレント活動を容認する夫人の対立があったといわれる。

どちらにしても、部屋というものがある限りは、タニマチもついてくるが、それもないと金集めの口実もない。そういうなかでは、景子夫人なりのビジネスモデルも成立しなくなったのでないか。その結果、事業パートナーとして意味がなくなり、それが離婚につながったのでないかと推察する。

ここまで、親方としての貴乃花を酷評してきたが、力士としては本当に素晴らしい名横綱だった。ガチンコについては、最大の見せ場だった兄弟対決について疑惑がある以上、あまりそれを理由にしたくないが、数々の名勝負の色が褪せるものではない。

「平成の大横綱」、雲龍型の土俵入りで鳴らした現役時代(Wikipedia:編集部)

バブルの頂点から崩壊、そして、苦しく明るい話題がない時代にあって、また、外国人力士全盛の時代にあって、日本人に明るい話題を提供してくれたことは感謝しなくてはならない。それだけに、親方になってから、平成という暗い時代の象徴のようになってしまったのは残念だ。

これからということでは、景子夫人はバブル再来ともいわれる時代にあって、不死鳥のようにしたたかに生きていくのでないか。

それに対して、貴乃花については、あいかわらずおだてて甘い汁を吸おうという悪いともだちに惑わされることなく、ある意味で生まれ変わって生きる本当の友人ないし師匠をみつけることができればいいのにと祈るのみである。

そんなことを心配しなくてはならないあまたの例を平成という時代は日本人に見せ続けてきたのである。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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