『個視』に抗う4K8K衛星放送

山田 肇

12月1日付朝日新聞の記事『4K8K、熱なき船出 スマホ・PCで動画、テレビ離れ進む中 放送きょうから』に僕のコメントが載った。

「自分の端末で好きなものを見る『個視』の流れは、テレビをいくら高画質化しても変わらない。」

これについてもう少し説明しよう。


居間のステレオで家族が同じ音楽を楽しむ時代があった。今では携帯端末で一人ひとり別の音楽を聴いている。動画も同じ。一家団欒に居間のテレビを見ていた時代は終わり、人々は自分の端末で好みの動画を視聴する。音楽が『個聴』に向かったように、動画も『個視』に動いている。

『個聴』『個視』はコンテンツの側にも影響を与えている。音楽ではミリオンセラーが激減し、テレビでは高視聴率を稼ぐ番組が少なくなった。耳も眼も二つずつしかないから、同時に複数のコンテンツは楽しめない。『個聴』『個視』で関心が分散すれば、ミリオンセラーも高視聴率も減る。

視聴率でスポンサーを誘引し制作費を稼ぐのが民放の広告モデルである。それでは、視聴可能世帯が少ない4K8K衛星放送に広告を出稿するスポンサーはいるだろうか。スポンサーが少なければ番組の質は下がる。テレビのデジタル化が成功したのはアナログ放送を停波したからである。世帯はやむを得ずデジタルテレビを購入した。それによって視聴可能世帯数は維持された。

デジタル放送を停波し4K8Kだけにするという計画はないから、4K8K対応テレビを購入する世帯は限られる。そもそも、『個視』向けの携帯端末では4K8K衛星放送は受信できないのだ。

音楽業界は『個聴』への対応を進めている。同じ音楽が好きな『個聴』仲間が共感を求めてコンサートに来るように仕掛けたのである。マイナーなK-POPでもコンサートに1万人動員できれば、1億円稼げるというわけだ。コンサート市場は拡大の一途をたどっている

テレビ業界も『個視』に対応し始めている。いつでも『個視』できるように「見逃し番組」をネット配信し、有料配信も増えた。放送時にはカットした映像まで見られるようにするのは、ネット配信の魅力を高める策である。『個視』仲間の共感を高める仕掛けが、「劇場版」と題する映画。これも多くの観客を動員する。

『個視』に抗う限り4K8K衛星放送が成功する可能性は低い。そんな衛星放送のために電波を無駄遣いしてよいのだろうか。総務省の4K8K推進政策には疑問がある。