季節外れの卒業式で学ぶ「区切る、リミット」の大切さ

2018年12月16日 11:30

こんばんは、都議会議員(北区選出)のおときた駿です。

今週半ばから順次、クラウドファンディングのリターン品をパトロン(支援者)の皆さまに発送しております。

Tシャツ・うちわ・ステッカーと、どれも初めてつくるグッズだったので出来上がりが心配でしたが、「(思ったよりは)可愛い!」という声を多数頂戴しておりまして、ほっと胸をなでおろしております。

いよいよ一週間前となった結党大会の準備も大詰め。約400名(384名)の会場に現在300名超のお申込みをいただいてまして、登壇者や運営スタッフを考えるとあと50枚ほどで満席・チケット完売かなと考えております。

一般2,000円、学生1,000円でがっつり食事付き(アルコール類はありません)。こうしたイベントは直前に申し込みが殺到し、満席となる場合もありますので、ご興味ある方はぜひお早めにお申し込みくださいませ。

チケット購入はこちらから

ただ会場がホテルではないので、演出などにはあまり期待しないでくださいね?!(と予防線を貼っておく)

みんなで一緒に楽しい空間を創り上げていきましょう!全員野球!!

さて、本日は私も29歳から所属している「東京青年会議所 北区委員会」の卒業式でした。

青年会議所はその名の通り「青年」のための組織であるため、40歳を迎えた年の12月末で卒業となります。「こんな時期に卒業式」と言われるのですが、個人的には見送る側で7回目となり、季節の風物詩です。

「OBとしても遊びにくるよー」

とは言われるものの、やはり現役とOBの壁は様々な点で厚く、別れは非常に寂しく感じられますが、逆に「区切る・リミットがある」ことの大切を教えてくれる組織慣習でもあります。

自分自身もアラフォーに差し掛かって改めて感じることですが、やはり人間は加齢とともに気力体力の成長は止まり、思考も安定してきて、新しいことに挑戦することにやや消極的になります。

「年齢は関係ない」「そんなものは個人差だ!」

という意見はもちろんありますし、実際にいつまでも身体的にも知的にも若い方は確かに存在します。しかしながら、それはあくまで例外であって、やはり一般的には加齢とともに起きうる変化には抗えないものだと思います。

いつまでも区切りをつけずに、本人たちは若いつもりで「挑戦」し続けているはずが、いつの間にか前例踏襲主義の保守的な組織になってしまった…

そんなリスクは、民間・行政問わずあらゆる組織に当てはまるリスクです。

「40歳」という年齢に科学的な根拠はないかもしれませんが、古来より「不惑の四十」と呼ばれる節目でもあります。

ここで「卒業」しなければならないからこそ、青年たちは奮起して様々な挑戦を行いますし、また下から入ってくる若者たちによって組織が新陳代謝されていきます。

こうした組織に所属をしていると、「定年」という概念が形骸化している政界の惨状には、やはり忸怩たる思いがあります。

政治というのは20年後・30年後に責任を持つ決断を下すもの。

先進国でもぶっちぎりで政治家の高齢化が進む我が国ですが、権限委譲がしっかりと進むよう、若手と言われる世代が奮起しなければならないと改めて思いました。

思ったのですが、

これが「不惑の四十」を迎えた大人たちの姿だったので、やはりもっと年齢を重ねた成熟が必要ではないか?と再考させられてしまいました。

なんてことだー(画像は卒業生コンテンツより。もっと○○な写真は自粛)。

改めまして卒業生の皆さま、本当におめでとうございます!皆さまの(良い面での)スピリットはしっかりと引き継ぎ、現役メンバーとして微力ながら地域発展のために貢献して参ります。

それでは、また明日。


編集部より:この記事は、あたらしい党代表、東京都議会議員、音喜多駿氏(北区選出)のブログ2018年12月15日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はおときた駿ブログをご覧ください。

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音喜多 駿
参議院議員(東京選挙区、日本維新の会)、地域政党あたらしい党代表

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