ファーウェイ事件雑感③ 改革開放40年、中国の成熟

2018年12月19日 06:00

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民族感情の表現が成熟してきていることの背景として指摘できるのは、中国が名実ともに米国に伍すことのできる唯一の大国として成長した自信である。国内に深刻な難題を抱えながらも、GDPだけを比較すれば、中国はすでに日本の約3倍に達している。日本はもはや対抗や抵抗すべき羨望の先進国ではなく、すでに対等の、あるいは乗り越えた周辺国の一つに過ぎなくなった。たとえそれが幻想であっても、自信を生む心理的効果は十分だ。簡単に言えば、金持ち喧嘩せずの域に達したということになる。

18日、開放40年記念大会に臨んだ習近平氏(新華社サイトより:編集部)

18日は中国の改革・開放政策40年を記念する大会が人民大会堂で開かれた。ちょうど40年前の1978年12月18日、中国共産党第11期中央委員会第3回全会で、文化大革命の反省に立ち、閉鎖体制から開放体制への転換が決まった。習近平総書記は大会での演説で、改めて開放政策のさらなる拡大を堅持することを表明した。「閉じこもれば必ず落ちこぼれる」との苦い経験に裏付けられた国家の生き残り戦略である。内向き志向の際立つ日本はぜひ、他山の石とすべきである。

さらに大会では、改革開放に対する官民の功労者として中国人100人のほか、外国人10人の名前が表彰された。外国人の中には、初期に工場を建設したパナソニックの創業者、松下幸之助氏と、鄧小平の改革開放を支援した大平正芳元総理大臣の日本人2人のほか、世界経済フォーラム(ダボス会議) のクラウス・シュワブ会長も含まれた。

自画自賛だけにとどまらず、海外からの貢献も同じように認め、積極的に顕彰する姿勢も、大きな変化である。これもまた自信の表れとみることができる。

侵略を受け半植民地となった弱小国から抜け出し、ようやく米国と主導権争いをするほどになった。世界を敵視するのではなく、積極的に世界のルール作りに関わっていこうとする意欲が生まれたことじは、改革開放40年の成果と言える。習近平は大会演説で改めて「人類運命共同体」を訴えたが、この用語はすでにネットの流行語にまでノミネートされるほどである。

米中摩擦のさなか、南京事件記念日の前日にあたる12月12日、任剣涛中国人民大学政治学部教授の「報復心理によって形成された中国の独善的な世界観は徹底して抑制しなければならない」と題する一文がネットで流布した。被害者感情から他国を敵視するのではなく、理性的な世界観、平等な契約に基づく国際関係の感覚を身につけなければならないと呼びかけた内容だ。大国としての自信がなければ、タイミングとしても容易に世論には受け入れられない内容である。

もう一つ忘れてはならないことがある。

日本のメディアでは、反腐敗の政治闘争で実権を掌握した習近平総書記を独裁者として伝える報道が圧倒的だろう。だが、習近平政権下で、それまでさんざんメディアをにぎわせたいわゆる“反日”デモがパタリと途絶えたことはほとんど注目されていない。

国内をしっかり掌握した指導者の登壇は、中国でビジネスをする日系を含めた外資系企業にとっても、非常に歓迎すべきことなのだが、そろばん勘定をはじく人々はそんな恩恵に対して沈黙を守っている。

過去の大規模な“反日”デモは、日本の国連安保理入りに反対した2005年、漁船船長の逮捕に端を発した2010年、尖閣諸島の国有化に抗議した2012年と、政権基盤の弱い胡錦濤時代に集中している。歴史的にみれば、抗日運動は1919年5月4日、山東省の権益を求めた日本の対華二十一か条要求に抗議した五・四運動が始まりだが、当時も軟弱な中国政府を非難する側面が強かった。

特に日系のスーパーや工場が甚大な被害を受けた2012年のデモでは、共産党中央の規律調査を受けた元治安トップの周永康元党中央政法委書記(元党中央政治局常務委員)が、抵抗を示すため背後で糸を引いたとの見方が強い。デモの先頭に「便衣」(私服警官)がいたとの指摘もある。周永康は習近平を暗殺し、政権を転覆させるクーデターまで企図していた。

習近平はその後、周永康一派を反腐敗キャンペーンで根こそぎ摘発し、治安部門の実権を手中に収めた。最高指導部である常務委の定数を9から7に減らしたうえ、常務委に席のあった政法委書記を政治局員に格下げし、総書記自らが政法委を統括する体制を整えた。周永康の後ろ盾として、胡錦濤時代も院政を強いた江沢民元総書記の影響力は一掃された。

“反日”デモを含め、民族感情を刺激する排外運動は動員力が強く、政権の抵抗勢力による反政府運動や政治闘争を誘発しがちだ。多数の高位高官を摘発し、習近平は恨みも相当買った。隙あらば足元を救おうとしてる勢力は数多く存在するだろう。政権基盤が弱ければ綱渡りの内外政策を強いられる。裏を返せば、毛沢東時代がそうであったように、強力な指導者のもとで、不規則な「現代版義和団事件」は起きない、というのが中国の政治力学だ。

指導者が毅然とした態度を取っている以上、メンツを立てて口出ししないのが中国人の発想である。だからこその「祖流我放」=「“祖”国も“流”氓(ヤクザ者)だから、“我”(私)は“放”心(安心)だ」なのである。

(続)


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2018年12月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。

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加藤 隆則
汕頭大学新聞学院教授、元読売新聞中国総局長

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