ウクライナ・ロシア両大統領の戦いが激化する要因

ロシアとウクライナ両国間の紛争がエスカレートし、年末年始にかけ軍事衝突する危険が高まってきている。ロシアのラブロフ外相はクレムリン寄りの日刊紙コムソモリスカヤ・プラウダとのインタビューで、「ウクライナはクリミア半島奪回作戦を計画している」と警告を発する一方、「わが国はそれを打ち砕く用意がある」と強調した。

インテルファクス通信が17日、ロシア国防省筋として報じたところによると、ロシアは併合したクリミア半島に10機以上の戦闘機を配置する考えだという。モスクワは11月末、地対空ミサイルシステムS-400を同半島に移動する計画を明らかにしている。ラブロフ外相は、「われわれはウクライナと戦っているのではない。ナチ・ドイツ政権のようなウクライナ現政権と戦っているのだ」と主張し、ポロシェンコ大統領の反ロシア政策を厳しく批判した。

対立を深めるポロシェンコ・プーチン両大統領(ウクライナ・ロシア大統領府サイトより:編集部)

ロシアが2014年、クリミア半島を併合して以来、ウクライナ軍は東部ドンバスでモスクワから軍事支援を受ける親ロシア分離主義勢力と戦いを続けてきたが、ここにきて両国政府の相手国への批判は一段と戦闘トーンを強めてきている。その直接の原因は、①ウクライナ正教会のロシア正教会からの分離、②ウクライナ海軍兵士の拘束事件だ。

①ウクライナ正教会は今月15日、首都キエフの聖ソフィア大聖堂 で主教会議を開催し、国内のウクライナ正教会を統合した新たなウクライナ正教会を創設し、新正教会の指導者にエピファニ府主教区のセルヒー・デュメンコ主教(39)を選出したばかりだ。東方正教会の最高権威であるコンスタンチノープル総主教庁はウクライナ正教会の創設を容認し、来年1月6日には正式に公認する予定だ。

ウクライナ正教会の新設を発表するポロシェンコ大統領(2018年12月15日、ウクライナ大統領府サイトから)

ウクライナ紛争後、ウクライナ正教会を取り巻く状況が変化してきた。コンスタンチノーブル総主教側はロシア正教会がバルカンの正教会圏を主管下に置こうと画策してきたことに不快感を感じ、キエフ総主教下のウクライナ正教会の独立を認める方向に傾いてきた。実際、バルトロメオ1世は今年10月、キエフ総主教のウクライナ正教会の独立を年内に認めると約束していた。

それに対し、ロシア正教会は過去、コンスタンチノーブル総主教庁に政治的圧力をかけてきた。ロシア正教会トップのキリル総主教は、「ウクライナ正教会の独立は破滅的な決定だ」と非難してきた経緯がある。

ウクライナ正教会のロシア正教会からの完全な独立を阻止できなかった結果、ロシア正教会は332年間管轄してきたウクライナ正教会を失い、世界の正教会で影響力を大きく失う一方、モスクワ正教会を通じて東欧諸国の正教会圏に政治的影響を及ぼそうとしてきたプーチン氏の政治的野心は一歩後退せざるを得なくなってきた(「ウクライナ正教会独立は『善の勝利』か」2018年10月15日参考)。

②ウクライナ南部クリミア半島とロシア本土を隔てるケルチ(Kerch)海峡で11月25日、ロシア警備艇がウクライナ海軍の艦船3隻を拿捕し、24人のウクライナ海軍兵士を拘束し、裁判のためにモスクワに連行した件で、ウクライナとロシア両国は相手側を糾弾し、批判合戦を展開。

ロシア側は先月25日、「ウクライナ海軍の艦艇は明らかに領海侵犯だ」として、ウクライナ海軍兵士を拿捕。それに対し、ウクライナ政府は同月26日、戒厳令を施行。30日には16歳から60歳までのロシア男性のウクライナ入国禁止を施行した。ポロシェンコ大統領は「ロシアの民兵を阻止するため」と説明している。

黒海とアゾフ海を結ぶケルチ海峡の自由航行はロシアとウクライナ両国間の協定で保障されてきたが、ロシアがクリミア半島併合後、この海域を自らの「領海」と主張し、ウクライナ側と争ってきた(「ウクライナとロシアと『ケルチ海峡』」2018年12月2日参考)。

ウクライナのポロシェンコ大統領はキエフで開催されたウクライナ正教会の主教会議に参加し、ウクライナ正教会の新設を称え、「ウクライナ正教徒がモスクワの管理を受けることは絶対に容認されない」と指摘し、正教会の独立はモスクワ支配に終止符を打つものだと強調、国民の愛国心に訴えた。

それに対し、ロシア側は、「来年3月のウクライナ大統領選を念頭に、ポロシェンコ大統領は戒厳令を発令し、祖国を守る大統領として国民の愛国心をくすぐり、支持率を高めようとしている」(ロシアのラブロフ外相)と批判する一方、ウクライナ側は、「ロシアでは年金支給年齢のアップを受け、国民のプーチン批判が高まってきている。そこでプーチン大統領はウクライナとの軍事衝突を煽り、国民の関心を逸らす策に乗り出している」と受け取っている。

ウクライナとロシア間の対立は、両国の大統領が自身の政治的延命のために演出している面が否定できない。それだけに、ちょっとした衝突が大規模な戦争にエスカレートする危険性は通常より高いわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年12月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。