ファーウェイ事件雑感④ 創業者、任正非氏の講話を読み解く

加藤 隆則

>>>①はこちら②はこちら③はこちら

任正非氏

ファーウェイは改革・開放政策がスタートした広東省深圳で、1987年に創設された。逮捕された孟晩舟同社副会長の父親で、同社総裁の任正非氏が創業者だ。事件後、彼が9月の時点で行ったという社内講話が、「アメリカが我々を認めなくても、我々はもっとよく5Gを成功させる(そして、多くの西洋の顧客を獲得する)」とのタイトル付きでネットに流れ、話題になった。講話の内容を紹介する前に、任正非氏とファーウェイについて、日本ではあまり報じられない内容に触れておく。

任正非氏の父親は教師で、知識階級の家庭で育った。重慶の大学で建築を学び、人民解放軍で16年間、エンジニアとして働いた経歴がある。軍の機構改革で除隊し、深圳の石油会社に就職したものの仕事は不調で、軍時代の友人と電話交換機の販売会社を起業した。

中国では「狼心」を持った野心の強い企業人とのイメージが強い。当時としては必ずしも正統とはみなされなかった民営企業を裸一貫で興し、未知の分野を開拓してきた以上、そうした評価も当然だろう。海外ではもっぱら軍出身との経歴がクローズアップされ、共産党政権の意向を受けた「赤い企業人」として語られることが多い。だが、18万人の社員を抱え、世界170か国以上でビジネスを展開している実績を考えれば、もっと多面的に彼と彼の企業を分析する必要がある。

同社の売り上げは半分以上が海外からのものだ。欧米日の先進国だけでなく、アジアにも積極的に事業を展開している。社員持ち株制やCEOの輪番制によって組織の競争力を高める一方、売り上げ全体の10%以上を技術開発に投じている。日本をはじめ欧米の企業や学術機関と共同研究もさかんに進めている。衆目の一致する通り、中国を代表するグローバル企業である。

さて話題の講話だが、ネットに流れた刺激的なタイトルとは別に、内容は極めて冷静な現状分析に基づく世界戦略の哲学が語られている。実際のタイトルは、「人類文明の結晶から、世界の問題を解決する鍵を見つける」だ。国際的な問題を解決する鍵を手に入れるため、哲学、歴史、社会学、心理学など人類の文明の結晶を生かした企業広報の指針づくりを呼びかけている。

注目すべきは、ソクラテスやプラトンの思想から、ルネサンスが生んだシェイクスピアの演劇やミケランジェロの彫刻、さらには米国の海洋大国化をもたらしたマハンの海権論まで、欧米を貫く開放の文明史を評価する一方、中国が夜郎自大になって世界の潮流から取り残された文明史を反省している点だ。100年までの義和団のように、自分たちを盲信してはだめで、広い世界的視野を持ってウィンウィンの広報活動を行わなければならない、と寛容で進取の精神に富んだ世界観を説いている。

冒頭では、「西洋で遭遇した問題を解決するにはまず、西洋の価値観を十分に認識し、彼らの立場に立って彼らを理解しなければならない」と訴えかけ、中国人がこれまで自分たちの考え方で世界を理解しようとしてきたことを戒めている。イギリスが世界を支配し、各国の芸術品を自国に集めたことを、中国人は略奪だと考えるが、イギリスの側からみれば、生命を危険にさらして芸術品を収集し、リスクを冒しながら継承してきたということになる、と大胆に事例を示している。彼の言葉でなければ、たちまち愛国主義者たちの攻撃にさらされる発言だ。

中国の改革開放も、鄧小平が「窪地を切り開き、税率を下げて外資を招いた」ことから始まったことを指摘し、「現在解決すべきビジネス環境の大きな問題は、西洋の価値観を十分に認識し、ファーウェイの価値観と西洋の一致した部分を明確にし、ある程度の共通認識を形成することである」と説く。中国人の西洋に対する深い理解と認識はまだ不十分で、「西洋が世界での発言権と主流価値観で優位を占めている現状において、我々はただ西洋の立場で西洋の価値観を理解し、西洋の思考方法で対話を行ってはじめて有効な意思の疎通ができ、問題を解決する方法が見つかる」とまで言い切っている。

「ファーウェイの価値観を伝える広報活動にあたり、重要任務の一つは、いかにして当地の文化を重んじ、当地の言葉を用いてファーウェイの物語や地元への貢献を語るかということだ」とし、成功例として、日本企業がドイツ進出に際し、ボンやデュッセルドルフなどの都市に桜を植樹し、観光名所にまでなったケースを紹介している。

講話の随所に、謙虚に他国の先例を学ぼうとする姿勢がひしひしと感じられる。ファーウェイ事件で頭に血が上った愛国主義者たちの熱を冷ますのに十分な内容だ。

米国が言うことを鵜呑みにし、それに従っていれば間違いないと盲信する一方、台頭する隣国のことはなんでも疑ってかかっている日本人に対しては、偏った世界観はいずれ落伍者を生むだけだ、という教訓を読み取ることもできる。

(続)


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2018年12月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。