激動の平成皇室10大ニュース(特別寄稿)

2019年01月01日 06:01

平成最後の年の新年を機会に、平成の10大ニュースといったものをいろいろ考えて皆様に提供させていただこうと思っている。

本日は、その第1回として、平成の皇室10大ニュースを発表しよう。順番は、とりあえず、説明しやすいように並べるので、重要性でも年代順でもない。

宮内庁サイトより:編集部

①即位礼・大嘗祭を京都でなく東京で挙行

旧皇室典範では、即位礼は京都で行うものと書かれていた。東京遷都に対する不満を抑え、旧都であった京都を儀典都市として振興し、外国からの招待客にも日本の伝統文化を再認識してもらおうというもので、ロシアで戴冠式が旧都モスクワで挙行されていたのに倣って、明治天皇と岩倉具視の尽力で定められた。

そして、大正・昭和の御大典は京都で挙行されたのだが、戦後改正された皇室典範ではこの項目がなくなっていた。かといって、東京でということではなかったはずだが、京都での開催の条件整備をしておかなかったので東京で開催されてしまった。明治天皇のご遺志はいとも簡単に葬り去られてしまったのである。

②神事や慰霊を大事にされた祈りの陛下

今上陛下の特色ある姿勢は、「祈りの重視」であろう。明治以来の天皇は神事などをあまり重視されなかった。明治天皇はあまりお好みでなかったし、昭和天皇も母である貞明皇太后から神事を疎かにするから戦争に負けたと批判されたほどだ。

それに対して、今上陛下は非常に熱心に神事に取り組まれた。内外の訪問などのときには、慰霊に熱心に取り組まれ、平和への祈りを大事にされた。また、ゆかりの寺院の訪問も熱心だった。その一方、靖国神社にはついに参拝されず、英霊を顕彰するお言葉はなく、外国では君主の最も大事な仕事と見なされている自衛隊を観閲するとかいうこともなされなかった。

③ストイックなご公務と現場主義

偉大な陛下として国民にとって仰ぎ見る存在だった昭和天皇に比べて、国民とともにあるというのが今上陛下の姿勢であった。愛読書として「雍正帝」(宮崎市定)を上げられたことがあることでも分かるとおり、ストイックな公務への姿勢をお好みになった。災害現場への訪問などについては、昭和天皇は現場の負担を心配して、一段落してからとされていたが、今上陛下はすぐに訪れ、被災者を励ますことを優先された。

④百済王の子孫であることに触れられたゆかり発言

中国や韓国との友好に熱心に取り組まれた。中国へは1992年に公式訪問をされた。天安門事件の直後であり、賛否両論があり、政治的に利用されたのも間違いないが、陛下は訪問して良かったと最近も語られている。

韓国については、韓国の反日行為のエスカレートで訪問が許される状況にならなかったが、FIFAワールドカップの際には、桓武天皇の母であった高野新笠が、百済の武寧王の子孫であるというゆかりがあることに言及された。これは、韓国で歓迎されたが、あたかも日本の皇室が百済王家の分家であるがごときプロパガンダにも利用された。

⑤沖縄への特別な思い入れ

皇太子時代の沖縄訪問で火炎瓶を投げられたことは陛下にとってたいへんショックな出来事であった。そののち、沖縄には特別の思いで接しられてたびたび訪問され、国立の組踊り劇場の設立にも尽力したと仰ったことがある。その理由として、島津の血を引く者としての特別の感情があるとも仰ったことは、驚くべきことだった。

⑥皇太子妃の不調

皇太子妃である雅子様は、愛子様をご出産された。ところが、適応障害から公務を通常通りこなせない状況となり、最近では少し改善しているとはいえ、現在も正常には戻っていない。

⑦眞子様の婚約問題

皇族の結婚が難航して、独身の皇族女性も多い。また、秋篠宮殿下の長女である眞子さまはICUの同級生の小室圭氏と婚約するという発表があったが、身辺調査の不足から、その発表後になって週刊誌やネットの報道で、圭氏の学費をめぐる母親の不明朗な借金問題が発覚するなど皇族の結婚相手として適切とは思えない実態が明らかになり、一般の結納にあたる納采の儀は延期されたままになっている。

⑧皇室典範改正問題と悠仁さまの誕生

皇室では両陛下の長女である黒田清子さまから愛子さままで9人も女性皇族の誕生が続き、皇統を維持するためには、万世一系の伝統を破って女系の天皇を認めるか、あるいは、男系男子の原則を守るために旧宮家からの皇族復帰を認めるかしか選択がなくなった。

この問題で小泉内閣は、今上陛下の子孫であることを万世一系の原則より重視すべきとの立場から、皇室典範を改正して、女帝や女系天皇を認めること、たとえ男子の継承者がいても、年長の女子を優先させるという大胆な制度改正をしようとした。結局、反対も強く混乱しているうちに、秋篠宮家に悠仁さまが誕生してとりあえず皇室典範の改正は棚上げになった。しかし、悠仁さまのあと男系男子がつづかなかったらどうするか、問題は先送りされたままだ。

⑨今上陛下の退位問題

2016年8月に陛下は、ビデオ・メッセージを発表され、退位を希望する旨を発表された。これを受けて政府・国会で検討を進め、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法について」が成立した(天皇の退位等に関する皇室典範特例法(成立:2017年6月9日、公布:同年6月16日)。

本来なら、十分な期間をとって議論し、皇室典範の改正という形で行うべきものだが、陛下が早期の実現を望まれたことや、今後の皇位継承についてさまざまな問題があることもあり、皇室典範の特例法でとりあえず今上陛下に限った法律となった。もともと、天皇が一生、皇位にあることは、ヨーロッパ諸国の制度を明治年間にまねたものであるが、ヨーロッパではオランダ、スペイン、ベルギーで退位が行われたこともあり超長寿社会では妥当なことである。ただ、すべてにわたり、ヨーロッパの前例にならうと言うことではなさそうだ。

⑩象徴天皇制度の動揺

退位問題を通じて、陛下のお気持ちをどの程度、尊重すべきかという議論が起きた。象徴天皇制の本旨からすれば、政府・国会で判断すべきことだが、ご希望をかなえるべきだという声も強かった。その後、陛下が憲法改正や安全保障問題で特別な意見を持たれているとしてそれを尊重するべきだという者もおり、本来なら皇室の政治利用に反対すべき左翼・自称リベラル勢力のなかから両陛下を政治的に利用しようとする動きが生じて象徴天皇制度に動揺を与えた。

また、皇室典範改正問題にあっては、三笠宮寛仁親王から自分たちの意見を聞いて欲しいとの声が上がり、大嘗祭のあり方についても秋篠宮殿下の爆弾発言があり、皇族の政治的な意見がどこまで許されるかという議論に火がついた。

誤解だらけの皇位継承の真実 (イースト新書)
八幡和郎
イースト・プレス
2018-04-08

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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