欧米諸国は“第2の冷戦”では苦戦も

トランプ米大統領は昨年12月初め、「ロシアは中距離核戦力全廃条約(INF)に違反している」と批判し、モスクワが陸上発射型巡航ミサイル「ノヴァトール9M729」(NATOのコード名・ 巡航ミサイルSSC-8)を破棄しなければINFから離脱すると表明、60日内という最後通牒を発した。

ポンぺオ米国務長官は、「ロシアがINFに違反している以上、米国はINFを堅持する意味がない」と説明し、米国がロシアに対抗するために軍備拡張政策に乗り出す意向を示唆したばかりだ。

NATO外相会議の全景、2018年12月3、4日、ブリュッセル本部で(NATO公式サイトから)

それに対し、プーチン露大統領は、「米国は自国の軍拡政策をカムフラージュするためにロシアを批判している」と反論し、米国のINF違反批判を一蹴してきた。

一方、米露両国のINF論争を受け、「欧州の安全は自力で防衛しなければならない」という声が高まってきている。北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長は、「欧州での核配置の必要性」すら主張するなど、欧州で軍備拡張の動きを見せている。

INFは米国と旧ソ連両国が1987年、欧州に配備した核弾頭を装備した中距離弾道ミサイルと巡航ミサイルの全廃で合意した軍縮条約であり、ゴルバチョフソ連大統領(当時)が主導した最初の核軍縮条約で冷戦の終焉に大きな役割を果たした。

INFは射程距離500キロから5500キロの中短距離核ミサイルを対象とする。INFの締結で欧州は核の脅威から逃れられたが、そのINF協定が破棄されれば、米露間で核ミサイル開発競争が再開され、欧州が米露両国の軍拡競争の舞台となる危険性が再び出てきた。冷戦時代のカムバックだ。

ストルテンブルグ事務総長は4日、「ロシアが核搭載巡航ミサイルを維持している限り、NATOはそれに対抗措置を取らざるを得なくなる。われわれは昨年12月のNATO外相会議でロシア側に警告済みだ。同時に、欧州はINF破棄後の状況に対し準備しなければならない」(オーストリア代表紙プレッセ5日付)と強調している。

ロシアの巡航ミサイルSSC-8は機動性があり、核搭載可能で欧州全都市が射程距離に入る。ただし、問題はSSC-8だけではない。ロシアは過去、核軍備体制を密かに強化してきた。ロシアは2000年頃から核・通常兵器両搭載可能な短距離戦術地対地ミサイル(イスカンデルMミサイルシステム)の開発・実戦配備を急いできた。ロシアが米国の要請を受け入れる可能性は低く、欧州はロシアの短距離戦術核ミサイルの脅威にさらされるわけだ。

ストルテンベルグ事務総長は、「NATO側は約4000人の兵力をロシア国境沿いに駐留させ、指令体制の近代化・強化を図り、緊急出動軍の能力を向上させてきた。同時に、NATO加盟国は新しい軍事脅威に対抗するため軍事費の増額が必要という点で一致している。具体的には国内総生産(BIP)の2%だ。ちなみに、NATOは冷戦時代、BIPの約3%を軍事費に充ててきた」と説明している。

各国公式サイトより:編集部

問題は、欧州が独自の安保体制を構築できるかだ。マクロン仏大統領は欧州の独自軍の設置を提案したが、加盟国内ではコンセンサスがない。例えば、マース独外相は、「核軍事拡張政策は冷戦時代のやり方だ。現代ではそれは役に立たない。ドイツ国民も新しい短距離ミサイルの国内配置には強い抵抗がある」と述べているほどだ。

米露中に次いで4番目の軍事大国・英国は今年3月には欧州連合(EU)から離脱する予定だ。英国のEU離脱(ブレグジット)でEUの外交、軍事力が弱体するのは目に見えている。英国は昨年3月4日、亡命中の元ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)スクリパリ大佐と娘が英ソールズベリーで暗殺されかけた事件を受け、ロシアに対して制裁を履行し、加盟国にも対露制裁を要請し、ロシア外交官の国外退去など対ロ強硬政策を実施してきた。

その英国がEUから抜けた場合、既に引退表明したメルケル独首相や国内で支持率を急速に失ってきたマクロン仏大統領の指導力ではロシアに対抗できない事態が考えられる。そのうえ、EU加盟国内でハンガリーのオルバン政権のように親ロシア路線を取る国もある。EUは対ロシア政策でコンセンサスが難しくなってきた。

冷戦時代、欧米諸国は民主陣営として共通の価値観に基づいて一致団結し、共産主義陣営と戦い、勝利したが、“第2の冷戦”ともいわれる米露の軍事対立に対し、欧州は結束を失ってきている。それだけではない。トランプ大統領の米国ファースト政策はNATOの連帯を崩す危険性が考えられる。

このように考えていくと、ロシア、そして中国の軍拡政策に対して、欧米の民主陣営が勝利できる保証はない。“第2の冷戦”は欧米諸国にとって厳しい戦いが予想される。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年1月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。