外国人に雇用を脅かされた日本人労働者からの警鐘 --- 藤井 善将

2019年01月11日 06:00

私は外国語を学ぶ身として、日本の国際化を見つめたいと思い、経験に基づく現状とその考察を本記事にまとめた。そもそも、語学とは言葉を通じ、世界とつながることであると思う。いい部分、悪い部分をいち早く、正確に捉える義務があると思って、日々勉強している。

まず、外国人労働者を取り巻く海外の事例について述べたい。

フランスにおける外国人労働者の課題

外国人労働者について、ヨーロッパではある問題が議論を呼んでいる。特にフランス語でSans papier(サンス・パピエ)と呼ばれる不法滞在者が、現地の雇用枠を埋めてしまうという問題である。このほかフランスでは歴史的に移民を受け入れ、その最も顕著な例として、1831年設立のフランス外人部隊といった、在仏外国人による職業や組織も少なくない。しかし、2018年全体を通じて、フランスの月間失業率データは9%以上で推移していた。こうした背景から、フランス人と在仏外国人の雇用を充分に守ることは難しいだろう。

外国人労働者が勤める日本企業の現状に対する疑問

国民と外国人の職業に関する課題は、もはや日本にとっても他人事ではない。

私自身、身近な職場で外国人労働者が増加する一方、日本人労働者が減少する現象を見ている。私の父(ここでは以下、A氏とする)はベトナムに子会社を持つ製造業の中小企業勤務で、去年末解雇を予告された。

その理由は能力不足とされているが、解雇理由として妥当か疑問が残る。去年末の時点で複数の日本人従業員が解雇を予告されており、ベトナム人労働者は離職者のポストを補填する形で新たに派遣される。順番としては来日人数を発表し、その人数の日本人がくびになる。欠員が出たから補充ならわかるが、現状は逆である。これが偶然だろうか。そして日本に所在する本社の技能職には、ベトナム人労働者が携わっている。

こうしてベトナムに所在する子会社から派遣される、留学生の人数が増加するとともに、日本人労働者の離職が増えている。すでに管理職以外の正社員はほとんどいない状況とA氏はいう。完全にバランスは崩れている。少数の日本人労働者は隅にやられている。仮に日本に来させると、数年は帰化、エンジニア申請としても、本当に日本人と対等なのだろうか。その間はどうしても、賃金は日本人のそれとは異なると思われるが、A氏はその企業の決算は過去最高だったと聞いているようだ。

これが、外国人労働者の光の部分であり、日本人労働者の影と思える。いくらでも補充が効くと思えばこそ、簡単に雇用を奪うことが出来ると思えるのだが、日本の雇用はこんなに軽薄だったのだろうか。A氏はいう。いずれ、現場は日本人が管理できない外国の地になるのでは。現に、外国語でコミュニケーションしている姿を見ると、本当に管理できているのだろうかと。

最近、不良加工品が多いのを目のあたりにしていても、多分、何もいえないだろうな、といっている。もう、依存で本気で職場改善など望める感じがしないという。それだけコミュニケーションは大事と思うが、言葉の壁は相当厚い。名前も呼べなくて、どうして管理できているといえるのだろうか。ベトナム人が企業に不満を抱いて結束する可能性を、幹部が考えたことはないのだろうか。

会社は日本人従業員の解雇に対し、迅速かつ躊躇いがないというより、客観的にみてそもそも不足した人材の補填として、海外の子会社で働く人材を安価な賃金で国内に招聘し、賄うことができる構造を作り上げている。その意味では、国内の労働市場に依存しなくてもよい。グローバル化は残酷な一面を持っている。

要するに、グローバルな(国境を越えた)市場の存在は、結果として異なる市場間の競争や比較を呼び起こし、企業の国内市場に対する依存性を低めることができる。限られた経営資本の中で、外国人労働者を国内工場に雇い入れるとするならば、限られた「雇用枠」のため、日本人と外国人が競争せざるを得ない。現実に日本人労働者の雇用は、脅かされる可能性が生じる。

果たして、職場での「国際競争」に敗れ、国内で路頭に迷った失業者をどれだけフォローできるかが日本の社会福祉にとって、一つの課題となるのではないだろうか。国内における失業率の上昇は、さまざまな社会不安と問題の温床になりかねない。こうした指摘を、行政と産業の現状に投げかけたい。

日本における職場の「国際化」

日本は現在、外国人労働者受け入れを目指し、規制緩和と法整備を進めている。語学の専門家を目指す自身としては、注目したい話題の一つである。厚労省研究会推計によれば、2017年の外国人労働者数は127.9万人に上り、過去最多であった。

2020年に東京オリンピック、2025年に大阪万博が予定されている昨今では、雇用と職業のグローバル化が進展し日本に波及している。例えば、中国が2008年より推進する「千人計画」は外国人専門家を国内に招へいする目的の政策である。フランスも海外からの投資に対する規制緩和を実施している。ここにきて日本は、各業界における外国人労働者受け入れの拡大という形で、国内産業の対外開放を目指しているのではないか。

その先に何があるのか。受け入れによって労働を認可された外国人労働者は、まず留学生として来日し、その後日本に長期間滞在するため、勤務地に家庭を持つことも珍しくない。彼らの子孫は少なからず日本にルーツの一端を持つことになり、教育や医療といった日本の公的なサービスを利用しながら、日本社会の中で生活することになる。

留学生が永住、帰化といった形式での日本における生活を認められるには、一般的に十年単位の長い時間が必要だと考えられる。したがって、受け入れ側にとって外国人労働者が日本で長期滞在するには、多くの手続きを経る必要がある。政府はそうした長期的ビジョンを前提に、受け入れの門戸を開けようとしているのではないだろうか———それも移民という形で。

では、日本は移民国家になろうとしているのか。少なくとも、国民と外国人が共存する社会の建設を図ろうとしているように、私は見ている。そこにはあらゆる状況の示唆する課題があるように思う。

たとえば先に海外の例として挙げた、雇用の問題である。日本で移民国家として紹介される欧米諸国の中には、フランスのように失業率が5%を上回る国も存在し、国民と外国人の雇用を充分に満たすことが難しいであろう。すると、将来の社会福祉・厚生制度の拡充には、外国人労働者という新しいファクターを考慮する必要が出てくると私は考えている。グローバル化の推進も結構な試みではあるが、新たな課題に向き合うことも重要ではないだろうか。

さいごに

A氏は、

「日本社会における国際的な労働者の共生・共存を考える上で、多様な背景と労働条件を持つ従業員に対する雇用環境のバランスを考慮する必要があるのではないだろうか。それは企業と従業員、国民と外国人といった当事者双方にとって好ましい労働環境となるだろう」

と述べた。

私はこの言葉を援用し、国際化著しい国内の労働市場に係る問題への警鐘を鳴らしたい。

藤井 善将 南山大学外国語学部、日本人工知能学会(JSAI)
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