救いようのない日本のがん医療

中村 祐輔

1月10日号のNature誌に「Actively personalized vaccination trial for newly diagnosed glioblastoma」と「Neoantigen vaccine generates intratumoral T cell responses in phase Ib glioblastoma trial」というネオアンチゲン療法に関する論文が掲載されていた。このブログの読者には世界の流れを報告してきたので驚くことはないと思うが、手術後に、放射線療法あるいは科学放射線療法、引き続いてワクチン療法を開始するデザインの治験の報告である。

ほとんど効果が期待できない化学療法を標準療法と称して固執する日本の姿勢を批判してきたが、化学療法の限界を知り、免疫療法に対する科学的な思考があれば十分に試みる価値のある治療法だと思う。日本では「エビデンスがない」と言って目を丸くするような医師が少なくないだろうが、これが世界だ。

後者の論文での8名の患者には、ネオアンチゲンワクチン投与が手術後4-5か月から投与されている。この8名の患者さんは手術から7-23か月後に亡くなっている。約19か月後と23か月後に亡くなった二人は浮腫を抑えるためのステロイドホルモンが使用されておらず、この2名ではステロイド投与例に比べて、ネオアンチゲン特異的CD8リンパ球が強く誘導されている。

前者の論文では、ネオアンチゲンのみならず、高発現している正常型ペプチドも投与されている。手術後に、標準的な化学放射線療法を行い、17週後から高発現している変異がないペプチドが投与され、ネオアンチゲンワクチンは27週後から投与されている。ワクチン投与を受けた15名の患者さんのうち、24ヶ月以上の生存例は8名と後者の論文よりも極めて長い。詳細な臨床情報が公表された論文だけではわからないので、生存率の違いは評価できない。しかし、15名中4名でワクチン投与後腫瘍が縮小、1例で一過性に完全緩解していることは興味深い。

前者の論文では、高発現している正常型ペプチドは6-7種類投与されているが、変異を含むペプチド(ネオアンチゲン)は患者一人当たり2種類しか投与されていない。免疫学的に調べた87種類の高発現型ペプチド(13名の患者)では45種類(52%)に対して特異的なCD8リンパ球が誘導されていた。また、免疫学的に評価をされた26種類のネオアンチゲンに対しては、13種類で特異的なCD8リンパ球が誘導されていた。ネオアンチゲンに対する反応を認めなかった4名中2名が24ヶ月以上の生存なので、高発現ペプチドだけでも意外に効果があるかもしれない。オンコアンチゲン復活の可能性を示唆すると言うと、言いすぎだと叱られそうだが。

米国や中国から遅れていると嘆いてきたが、後者の論文はヨーロッパからだ。これらの論文の成果は、3-5年近く前から、このような試みがされてきた証だ。日本の司令塔が、「遺伝子パネル」と10年前以上の米国を追いかけている間にこの様だ!「これでいいのか日本のがん医療は?」ではなく、「救いようのない日本のがん医療だ」。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年1月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。