太田雄貴の副業人材活用を企業がマネして成功させるには?

新田 哲史

日本フェンシング協会が、副業限定でビジネス・プロフェショナル人材を募集し、このほど1,127人の応募者から4人の採用が決まったことを明らかにした。10日に都内で行われた記者会見に筆者も出席。選手時代、北京五輪、ロンドン五輪の2大会連続で銀メダルを獲得したスター、太田雄貴氏が会長に就任してから、目覚ましい改革ぶりが報道されている同協会だが、「スポーツ団体やNPOなども続けるような取り組みにしたい」という副業人材戦略の本質を考えてみた。

記者会見に臨んだ太田会長(ビズリーチ提供)、右は世界選手権で金メダルを獲得した現役時代(Wikipedia)

…と言ってもスポーツ界、ましてやマイナー競技のフェンシング協会の動向について、アゴラの読者でも詳しくない人が多いだろう。かつてプロ野球の担当記者だった私も正直、顔と名前が一致するのは太田氏くらいのイメージしかない。実際、会見の冒頭でも太田氏が述べていたが、2008年の北京で銀メダルを日本勢として初めて獲得してようやく認知したという人が大勢だろう(ていうか太田氏がまだ現役だと勘違いしていた人もいるかもしれない)。3年前に引退し、翌年会長に就任した。

ただし、ここ最近、スポーツメディアだけでなく辛口の週刊新潮ですら太田氏を「やり手の経営者」「末はIOC会長か」と持ち上げるような露出が増えていたのは知っていた。

フェンシング協会は“川崎球場”状態から、どこを目指して改革?

これに至る経緯など「予備知識」については先述の新潮や下記のNumber Webの記事などをお読みいただきたいが、以前は全日本選手権ですら、昔のプロ野球・ロッテの川崎球場を彷彿させるような「閑古鳥」が日常的な風景だった。しかし、太田氏が就任から様々な改革を打ち出し、さきの全日本選手権はチケットは完売し、観客も近年急増。LEDを使ったクールな演出など、注目を集めはじめている。

太田雄貴会長の大仕事、全日本選手権。フェンシング大会でダンスにLED!? (Number Web)

前段が長くなったが、勘のいい読者は筆者が書く前からピンと来るはずだ。会長就任から2年半近く、太田氏がイメージする改革をより肉付けしていくための「ブレーン」となる人材が必要になる。

太田氏は現在約6,000人に止まる登録競技者を5万人規模に増やし、収益規模も現在の7億円規模からスケート連盟の20億規模に数年かけて伸ばしていくイメージでいるようだ。ちなみにスケート連盟の登録者数は約6,500人と、フェンシングと同規模。それでも3倍以上の差が出てしまうのは、スケート連盟にはフィギュアのNHK杯などキラーコンテンツの放映権収入があることから、収益性の差が出てしまっているためだ。

しかもメダルを取ったからといって、マイナースポーツから脱却できるわけではない。登録者数は北京五輪1年後の2009年の4,769人から増えてきたとはいえ、目覚ましいとはいえない。「自分が金メダルだったら、もっと増えたと言われたが、そういうものではない」と苦笑いする太田氏は、「認知だけでは人気に繋がらない」「人気をつけることが話題性となり認知に繋がる」ということに気づいた。

なぜ「副業」人材にこだわったのか

では、目指す高みは見えても、そこにたどり着くためにビジネスのプロを招きたくなるのは、中小企業の経営者なら誰しも思い浮かぶ話だが、マイナースポーツの協会には時給何万円のようなすごい人材を雇うのは難しい。そもそも太田氏自身も会長職としては協会から給料をもらっていないというのだ。

ここで太田氏に格好のメンターとなったのがビズリーチの南壮一郎社長だ。2人が親しいのは私も存じ上げていたが、楽天球団時代に野球界のビジネス革命実現に関わり、現在は日本を代表する経営者人材の転職サイトを運営する南さんから、副業人材の活用を提案され、ビジネス人材の公募に踏み出した。

外部コンサルではなく、「一緒に手を動かす人にきて欲しかった」とインサイダーにこだわる太田氏の要望にもかなった。かつてはグローバル化を目指す中小企業の「社長公募」案件も打ち出した南さんだから、このあたりの持って行き方はお手の物だろう。

公募の結果、大手商社出身で昨年デジタルサービスプロバイダー企業の東アジア責任者に転職した江崎敦士氏を経営戦略アナリストに、日本コカ・コーラの五輪担当の責任者で、約20年スポーツ関連業務を担当してきた高橋オリバー氏を強化本部副本部長に、それぞれ採用。ほかにPRとマーケティングのプロ人材2人も加わった。(詳しいことを知りたい方はプレスリリースをどうぞ

江崎氏(左)高橋氏(右から2人目)らとフォトセッションに臨む太田会長

「太田モデル」を他の企業・団体が踏襲するには?

「兼業副業モデルのすばらしいところはスポーツ界と違う知見が得られるところ」と期待する太田氏は、スポーツ界、NPOなどの非営利団体による副業人材活用のモデルケースになろうと意気込む。

気になる待遇は、平均の日当で15,000円。月4日程度の勤務を想定しているというから、なんとリーズナブル。本業でも忙しい中で、手を挙げた江崎氏は「他にない経験が得られそう」。休日なども活用しながら参画していくという。

しかし、他の企業や団体も「太田モデル」を踏襲し、コスパよく有能な人材を得るとなると、条件はある。やはり江崎氏に感じさせたような「priceless」なお得感であったり、それを世間に伝えるだけの発信力・ブランディングも必要になってくる。

太田氏の場合で言えば、メダリストとしての実績もさることながら、爽やかイケメン、妻は人気女子アナといった話題性もある…というのは外見的な話(笑)記者会見の囲み取材では当面の重要課題のひとつに「地味だけど組織改革」を掲げるあたり、引退から数年間にかなり経営の勉強はしている印象で、目指すべきビジョンが明確なところがある。

そうした組織や経営者の魅力が問われるのは当然のことで、副業人材は正社員よりも俄然、流動性がなおさら高い。以前、地方同士の副業人材獲得競争の兆しを指摘したことがあるが、人手不足の切り札として副業人材の活用に期待が集まる反面、それだけ企業や経営者には「今はマイナーでもいずれブレイクしそうだ」と、外部のプロフェショナルに感じさせる何かを持てるかどうかがだ。

そういえば、奇しくも記者会見の当日の日経新聞朝刊に、旧知の農業法人社長、田中健二さんが「農業を副業にしませんか」という寄稿をしていた。人手不足、高齢化に悩む農業が副業人材を活用するのは合理策だが、田中さんは私が4年前、東洋経済オンラインで「ヤンキー上がりの農業法人のやり手社長」として紹介。そこからマスコミ取材が相次ぎ、そのチャンスをものにして発信力も事業も順調に拡大させていった。

元ヤン農業法人社長の田中健二さん(右)=筆者撮影

体育会的ノリが好きな人で農業に興味があるなら、週末だけでも彼の会社の流山の畑で働いてみたいと思うかもしれない。フェンシング協会と同じく、ここの事例も企業ブランドや経営者のパーソナルブランドの重要性を感じさせる。