英政府、EU離脱合意案採決後の“次の一手”

2019年01月16日 11:30

英議会は15日午後(日本時間16日未明)、テリーザ・メイ首相がブリュッセルで交渉して合意した欧州連合(EU)離脱合意案について採決する。野党の労働党や北アイルランドの「民主統一党」(DUP)の10議員が合意に反対しているだけではなく、メイ首相の与党保守党内にも100議員ほどが合意に反対しているといわれ、ブレグジット(EU離脱)合意案が否決される可能性は限りなく濃厚だ。否決された場合、メイ政府は3日以内に代案(プランB)を議会に提出することが願われる。

▲メイ英首相との記者会見に臨む安倍晋三首相(2019年1月10日、首相官邸ホームページから)

▲メイ英首相との記者会見に臨む安倍晋三首相(2019年1月10日、首相官邸ホームページから)

メイ首相は14日、「合意なしのEU離脱はカオスだ」と改めて訴え、「2016年の国民投票で決まったブレグジットを実現しなければ、政治への信頼は壊滅的な打撃を受ける」(BBC)と述べている。

メイ首相はデービッド・キャメロン政権時代は内相を務め、EU離脱問題では反対の立場だった。同首相は、「EUの加盟で英国は主権の一部をブリュッセルに委ねるが、それでも国家の安全、経済、貿易では加盟の方が英国の国益に一致する」と主張してきた。それが離脱支持派が勝利することで、EUとの離脱交渉で最前線に立ち、自分の信条とは反するEU離脱のためブリュッセルと交渉を続け、昨年12月にようやくブリュッセルと合意に達したわけだ。

オーストリア代表紙プレッセは15日付の社説で、「ブレグジットは政治の反理性さを示す例」という見出しで報じている。メイ首相もその前任者キャメロン前首相も英国のEU離脱には強く反対してきたが、キャメロン前首相はEU離脱を問う国民投票の実施が選挙公約だったとして実施した。その段階では離脱反対が過半数うを占めると確信していたが、結果は離脱支持派が勝利した。プレッセ紙の社説を書いたヴォルフガング・ベーム記者は精神分析学者のジークムント・フロイトの言葉を引用し、「理性の声は静かだ。一方、国民に感情的にアピールする保守党内のボリス・ジョンソン元外相やナイジェル・ファラージ独立党党首の声は大きかった」と指摘している。

英国が合意なく離脱した場合、カオスが生じる。実際、英国に約1万2000のEU法規約が施行されている。その法枠組みをどうするか。また、英国内には他のEU加盟国の国民350万人がいるが、その法的ステータスをどうするかなど、さまざまな問題が出てくる。

英国は1973年にEUに加盟してから45年以上の年月が経過したが、英国のEU離脱は英国民だけではなく、欧州全体に大きな影響を及ぼすことは間違いない。英国は(米中日独に次ぐ)世界第5位の経済大国であり、(米露中に次ぐ)第4の軍事大国だ。英国がEUに占めてきた経済実績は全体の15%、EU人口の13%だ。その大国が抜けた後はEU全体の国際社会に占める存在感、パワー、外交力は弱体せざるを得ない。

英ケンブリッジ大学国際関係史のブレンダン・シムス教授は独週刊誌シュピーゲル(12月15日号)とのインタビューで、「英国はEUから離脱するが、欧州から離脱するのではない」と強調する一方、「離脱する英国の未来より、英国を失った欧州の未来の方が深刻ではないか」と指摘している(「英国離脱後のEUは本当に大丈夫か」2018年12月24日参考)。

英国は3月29日を期してEUから離脱することになっている。英議会でEUとの離脱交渉の合意案が否決された場合、どのような対応が可能だろうか。メイ首相の敗北は避けられないが、票決の状況次第ではブリュッセルとの再交渉の道が開かれるかもしれない。票決があまりにも明確な場合は選択肢はなくなる。EU側もあまり時間がない。5月23日から26日の間、欧州議会選挙が実施されるからだ。もちろん英国が議会に占めてきた73議席は消滅する。ブリュッセルは既に英国離脱で空席となる議席を他の加盟国に提供する交渉を行っている。また、2021から27年のEU予算編成も控えている。英国の離脱が遅れれば、それだけブリュッセル側も混乱が避けられなくなるわけだ。

ジョン・メージャー元首相(任期1990~97年)が主張しているように、英国がEU基本条約(リスボン条約)50条に基づいた離脱申請を撤回し、新たな国民投票を実施するという案が考えられる。メイ首相も国民投票の再実施というシナリオについては「他の選択肢がない場合の最後の手段」と受け取っている。票決次第ではメイ政権の辞任もあり得る。

メイ首相は議会で合意案が否決された場合、ブリュッセルに交渉の延期を申し出るかもしれない。メイ首相自身は、「英国を次期総選挙までにはEUから離脱させる」と表明してきた。次期総選挙は2022年5月だ。ちなみに、国民投票の再実施を願う国民は約47%という世論調査が報じられている。

安倍晋三首相は今月10日、英国を訪問し、メイ首相とブレグジットでの対応について協議したばかりだ。英国にはトヨタ、日産、ホンダなど自動車メーカーを含め約900の日本の企業が進出し、そこに約14万人が働いている。日本の多くの企業は既に事務所や工場の拠点を移転。電機メーカー・パナソニックは欧州の主要拠点を英国からオランダのアムステルダムに既に移転している一方、英国内の工場を一部閉鎖している企業もある。メイ首相との会談で安倍首相は、「合意なき離脱によるカオスを避けてほしい」と強く要請している。

オーストリアで1978年11月5日、建設済みのツヴェンテンドルフ原発の操業を問う国民投票が実施されたことある。当時のクライスキー政権は操業賛成が過半数を占めると確信していたが、反対派が僅差で勝利した。同じように、英国のEU離脱を問う国民投票でキャメロン政権の予想に反して離脱派が勝利した。この2件の国民投票の結果は、政治の世界では理性的な声や専門的な議論より国民の感情に訴える方が得策であることをはっきりと物語っている。

最後に、英国のEU離脱交渉のため日々汗を流しておられるメイ首相に英国出身の劇作家ウィリアム・シェイクスピアの名言を送りたい。

「どうでもなれ、どんな大嵐の日でも時間は経つ」


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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